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 初めに
山の危険の認識…最近、山の事故が過去最高を更新しています。
そこで、この項目を最初に持ってきました。
歩き方   その1(登山道)  その2(岩場) 
 ストックの使い方
持ち物(装備) 
疑似遭難体験 
気象遭難と遭難・事故を起こしやすい人 
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地図・読図・気象 
遭難対策
山小屋での生活 
 テント生活
 パーティー及びリーダーシップとメンバーシップ
 
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初めに
 以下は、
このHPの管理人(花折)が、会の機関誌「めいほう」に、2009年に連載したものをまとめたものです。会としての見解が統一されたものではありません。それをご承知の上でお読みください。 また、連載したものを一つにまとめてあるので文章的におかしなところもあります。それと機関誌では図や写真も入れてありますが、ここにはHP作成にまだ未熟ゆえ、それらが入れられませんでした。従って、そうでなくても文字ばかりで読みつらいのに、ここでは全くの文字ばかりになりました。今後、会員の多くの方の意見を取り入れながら、もっともっと読みやすいもの、内容の濃いものにしていきたいと思っています。項目だけアップして開けておくのもどうかと考え、とりあえず掲載してみました。
  
 最近の登山ブームで、山で若者の姿を多く見るようになりました。登山人口が爆発的に増えているようです。それに従って遭難、事故が、中でも中高年を中心に多発しています。今や大きな社会問題といっても過言ではありません。テレビのニュースや新聞などの報道を見る限り、中高年の場合、原因の多くは体力不足、学習不足からくるものがほとんではないかと私は感じています。それならば体力をつければいい、学習をすればいい。解決方法は簡単です。
 体力をつけることは実際の山行を通してもできますし、日ごろから日常生活を少し見直してトレーニングしていきましょう。ここでは机上学習として、私が40年以上登山を続けてきて、気がついたこと、考えたこと、実践してきたことなどを、出来るだけ他では聞かないことを中心に書いていこうと思っています。しばらくおつきあいください。
<1>歩く
 1.歩き方
 登山を始めて最初にしなければならないのは歩くこと。これが出来なくては登山になりません。まずこのことから考えていきましょう。
 登山で他の人の後を歩く時、私は、私の歩幅と前の人の歩幅を比べることが癖のようになっています。その観察の結果、今までに私より歩幅の狭い人は一人もいませんでした。それは男女にかかわらずです。ということは私の歩幅は極端に狭いということになります。そうです、私は、よほど急ぐ時、または、トレーニングでわざと広い歩幅で歩く時以外は、登山中は歩幅を自分の靴一つ分以内と決めているのです。要するに最大でも、後ろ足の前と前足の後ろの間に自分の靴一つが入るくらいしか開けないのです。いかに狭いか、今度山に登った時に一度それをやってみてください。
「一歩は自分の靴の幅以内で」…1

なぜこんなことをするようになったのか。登山を始めた頃のことです。何という山かは忘れましたが、それは鈴鹿の山でした。山の知識も技術もほとんどない状態で、全くの素人二人での山行でした。そこで私は信じられない位バテてしまったのです。歩くことには自信がありました。しかし、途中から本当に辛くなり、どんどん遅れるのです。どうしても元のペースに戻すことができず、ほうほうの体での下山となったのです。最初は先頭を勢いよく歩いていたのにどうしてそうなったのか分かりませんでした。それから私は登山の度に、あの時なぜバテたのか、どうすればバテないのかを考えながら歩くようになりました。バテには、シャリバテと言われるエネルギー不足でのバテと体力不足でのバテ、荷物の重さでのバテ、暑さでのバテなどがあることが分かりました。そして私はそれ以外にも歩き方でもバテるのではないかと考えるようになったのです。
バテの原因:エネルギー(シャリ)バテ・体力バテ・体調バテ・重荷バテ・日射バテ・歩き方バテ・etc…2

 あの時の私のバテは、どうやら歩き方にあったと気がつきました。それからは、登山をする時には人の歩き方を絶えず観察しました。その中で気がついたことは、人の歩き方には雑な歩き方と、丁寧な歩き方があるということです。雑な歩き方は、ボコバカとやたら登山靴の音が大きい歩き方です。反対に丁寧な歩き方はスタスタと音がせず、忍者のような歩き方です。
私が明峯に入った時の先輩に、年は同じでしたが伊藤(後に出てくる伊藤達夫氏とは別人)と言う人がいました。この人の歩き方は、それは見事でした。屏風岩や冬の穂高岳など、よく一緒に登りました(このころの私は連れて行ってもらっていたという方が当たっていますが)が、私はその歩き方に惚れ惚れしていました。大きな音を立てるということは、それだけ無駄なエネルギーを消費しているということです。伊藤氏のまねをして、まず音を立てない歩き方をするようになりました。丁寧に歩くように心がけたのです。
 次に考えたことは、平地を歩く時には少々歩いてもバテて動けなくなることはほとんどないのに、山ではなぜバテるのだろうということです。平地と山道の違いは高低差です。平地歩行では高さの移動はほとんど無いと言っていいでしょう。多少の坂はあっても、それは山とは比べ物になりません。要するに体重と荷物を含めた重量を上に上げるのに必要なエネルギー消費の違いだ、ということです。それなら出来るだけ平地を歩くのに近づけたらいいのではないかと考えました。どういうことか。それは前足と後足の高低差をできるだけ小さくするということです。登山ですから足を上に上げなくては登れないのは当然です。しかし、それをできるだけ小さくする。そうすれば、今までより平地を歩くことにうんと近づくではないか、と考えたのです。前後の足の高低差をできるだけ小さくしようと思えば、山道では歩幅を極端に小さくする以外ありません。坂が急になればなるほど歩幅が小さくなります。そうして私の中で確立された歩行術が、先の「一歩は自分の靴の幅以内」で、ということになるのです。
歩幅を小さくすればそれだけ多く歩数を必要とするから、結局エネルギー消費は同じではないかと思われる方もあるでしょう。力学的に計算をすると同じになるのかもしれません。物理に強い方があれば教えてほしいものです。しかし、私の実感としては、それはまるで違います。大きく一歩上げるときには一度に多くの力が必要となります。しかし、それを二歩あるいは三歩で上がる時には、それを合計した力の方が先の一歩の力よりかなり小さいと感じるのです。それは、一歩で上がる時には,一瞬呼吸を止めた無酸素運動状態になるが、二歩・三歩の時にはその状態にならないということではないかと思うのです。この辺りのことは私の力では科学的に説明はできません。しかし、実感としてそう思うのです。登山では、できるだけ無酸素運動的でない歩き方が、エネルギー消費の面から大切ではないかと思っています。
 一日に何万歩と歩く登山。一歩一歩のエコ歩行が、とても大切ではないでしょうか。エネルギーに余裕をもった登山は、何かの時に命を救うことに直結していることは間違いありません。安全登山の第一歩だと考えます。

2.二軸歩行
 前節は山を歩く時、歩幅を小さくするということについて書きました。マラソンで言うなら,ストライド走法ではなくピッチ走法で,と言うことです。歩くことについて,もうしばらく続けます。
 私は、初心者がアイゼンやワカンをつけて歩く時、必ず「股の間に丸太か竹の棒が通っているつもりで歩いてください。」と注意します。アイゼンを引っかけたりワカンを踏んだりしないように足の幅を広げさせるためです。ところがこの歩き方はアイゼンやワカンの時だけに有効ではないと思っています。私は、両足を少し開き気味に歩く方が安定すると感じています。やはり普通に歩くときにも「股の間に竹の棒」を意識して歩くのです。雨の日、歩き終わった後のズボンの裾を見てみてください。裾の内側が泥で著しく汚れている人は歩き方が下手だと思ってもらっていいです。全く汚れずに歩くと言うことは、登山道の周りに草などがあったりするので不可能です。でも、見るも無残に汚れている人がいます。これは歩き方が雑な上に、両足の幅が狭いのですね。ファッションモデルの歩き方を想像してください。一本の線の上を歩いているような歩き方ですね。私にはどうも不自然に見えるのですが、あれが美しい歩き方だということです。私が不自然だと感じるのは、安定感やバランスの問題だと思うのです。足は開いた方が体は安定します。山では安定した歩き方で歩くことがとても大切です。バランスを崩して転倒・転落ということは,山を歩いていると有り得る事なのです。
 竹の棒を意識してと書きましたが,言い換えれば二本の平行な線の上を、それぞれの足で歩くということです。私が考えていた歩き方と同じかどうかは分かりませんが,よく似たことを考えている人がいました。それもちゃんとした理論にしている偉い人です。今スポーツ界で話題になっているらしい,知る人ぞ知る二軸歩行(別名 常歩:なみあし)という歩き方(走り方)です。男子短距離走の末續慎吾選手などもこの理論を実践していると言うことです。やはり,二本の平行線の上を歩く歩き方(走り方)だと言うことです。詳しいことはインターネットで「二軸歩行」検索してみてください。詳しく出ています。
「股の間に竹の棒」を意識して歩く…3

3.ステップ
 では次に,ステップ(ここでは足を置く所という意味で使うことにします)についてです。これも私が後ろから見ている限りにおいて,私より短い(高低差の少ない)ステップで歩く人は皆無です。皆さん高い段で登ったり降りたりしているのです。段差を大きくすればバランスも悪くなります。それを支えるために余分なエネルギーを使うのです。その上,体を大きく持ち上げるためには瞬間的に力を入れなければならず,前回言った無酸素的運動を伴うことになるので,さらにエネルギーを消費してしまいます。「えっ,でも前に足を置く段がない。」そんなことはありません。前ばかり見てはいませんか。少し横の方や後ろにも視野を広げてみてください。そうすると大抵の場合,端の方に、時には少し後ろ目に結構良いステップ(足を置くところ)があることが多いのです。他の人が一歩で上がる所を,二歩・三歩で上がる(図1)。これが花折流エコ歩行です。
 もう一つ,ステップを低くする工夫です。段の出来るだけ近くに下の足を置いて,上の段のできるだけ手前に次の足を置くのです(図2)。どういうことか。登山道は,当然全体に傾斜があります。その途中に段があることになります。ですから図のように,段のすぐ下まで足を近づけてから登るのです。段から少し離して下の足を置いて次の足を出すより,数cmは上になります。また,上の段の出来るだけ手前に次の足を置くと,それより上に置くよりは数cm下になります。その差は,何も考えずに歩いた時より一歩につき何cmにもなるのです。こんななんでもないようなことでも,エネルギー消費を抑えることにおいて,結構大きなことなのです。
     
ステップは出来るだけ小さく(低く)する…4

4.下りの歩行
 事故のほとんどは下りで起こっています。なぜか?一つには,ほとんどの場合登山の後半が下りになるからです。後半と言うことは,疲れが出てきた頃に下りになるのですから,当然事故の確率が大きくなるわけです。まず,疲れているということを自覚することです。
「自覚」と思わず書いてしまいましたが,これはこのことだけではなく,登山から事故を無くすためにとても大切な言葉だと思っています。あまりにもリスクを自覚していない登山者が多いと感じているからです。このことは後に書くことにしましょう。
 二つ目に,下りは体が伸びる方向での運動になるからです。逆に登りは体が縮む方向での運動になります。伸びるということは重心が安定せずバランスが悪くなると言うことです。ですから下りには特に気をつけなくてはいけません。
 皆さん,下りでスリップして背中から倒れたと言う経験はありませんか。ないという人は皆無でしょう。思ってもいないところで小さな石や砂利に乗ってスリップしてしまうことは結構あることです。これを「石車に乗る」と言います。かなり注意をしていても起きるものです。なぜスリップするのだろう,どうすれば防げるのだろうと考えてみました。やはり歩幅です。一歩が大きくなってはいないでしょうか。歩幅が大きくなれば,小さいときよりも前足を前に滑らせる方向に力のモーメントが働きます。この力を出来るだけ小さくするということが大切です。そのためには,まず,下りほど「歩幅を小さく」を意識しなければなりません。それと,皆さんは下りで自分の体重を足裏のどこに感じているでしょうか。「そんなこと考えて歩いたこと無い。」といわれる方がほとんどでしょう。一度下りでそれを感じながら歩いてみてください。たいていの人は踵だと思います。私は違います。母指球(足裏の親指の付け根のふくらみ)に体重を感じるようにして歩いています。着地は踵からになりますが,すぐに母指球に体重を感じ,足の指でぎゅっと地面をつかむようにします。そうすることで重心が前に来るのです。重心が前に来ると言うことは,スリップする方向への力のモーメントが小さくなるということです。話が少しそれますが,スキーをするときに初中級のほとんどの人は後傾になります。体重が後ろにかかるのです。スキー板は前に滑るのですから体重が後ろに残るのはある意味当然です。ところが上手くなってくるとだんだん前に乗ってくるようになります。最近私がつかんだ感覚なのですが,斜面に逆らうのではなく板と一緒に体を落としていく,落ちていくのです。そうすると体重が後ろに残らなくなりました。急斜面ほどそうするのです。登山では体を落としてはいけませんが,足裏の感覚は同じようなものだと思います。
下りでは母指球に体重を感じる…5

 さて,二軸歩行はバランスが良いと書きました。そして,ステップを小さく(低く)することもバランスをよくする秘訣です。体重移動を出来るだけ小さくするわけですからバランスが良くなるのは当然です。バランスが良くなるとエネルギー消費を抑えられることは言うまでもありません。そして,体重を母指球に乗せることで「石車に乗る」というスリップのリスクを小さくすることも大切です。山で事故は絶対起こしてはいけません。案外見過ごされている細部を意識する歩行術は,安全登山には欠かせない技術だと,私は思っています。

5.体重移動
 前に出てきた伊藤さんと屏風岩を登りました。登攀が終わって,ザイルを解いて屏風の頭へ登り始めたときのことです。伊藤さんと同じ所を通っていて,伊藤さんは何もなく通過したのに,後ろから登っていた私が落石を起こしたのです。「ラクッー。」と下に向かって大声を出したことは言うまでもありません(皆さんも,もし石を落とした時にはこのように下に向って叫んでくださいね。)。しかし,幸い後ろを登っているパーティーは無かったので良かったのですが,ここでの落石は絶対に起こしてはいけなかったのです。なぜここで落石を起こしたのか。それは歩き方にあったのです。かなり疲れていたことと登攀が終わってほっとしていたこともあったのですが,歩き方が根本的に間違っていたのです。伊藤さんと私の歩き方の違いは何なのか。伊藤さんは前足に体重を移してから立ち上がり,後ろ足をそっと引き上げて前に出していました。私は後ろ足で蹴るようにして,その反動で体重を前足に移動しながら登っていたのです。近くにある椅子や或いは階段などでやってみてください。瞬間的に必要な力が如何に違うかが分かります。私のは無酸素的運動,伊藤さんのは有酸素的運動と言うことが出来ないでしょうか。
 結論として後ろ足で蹴ることで落石を起こしたのです。石を落とすことはそこにそのような力が働いたことになります。これは,やはりエネルギーの無駄使い以外の何者でもありません。歩き方の違いを発見した私は,それから,歩き方を代えました。伊藤さんに習って前足に体重を移してからそっと後ろ足を引き上げるようにしたのです。これによって無駄な力を使わなくなりました。その上に,静かな体重移動でバランスがよくなり,随分安定した歩行ができるようになったと感じたのです。ここでもエコ歩行が出来るようになったのです。
前足に体重を移してから後ろ足を引き上げる…6
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<2>岩場の歩き方
 次は,岩場の歩き方です。
 日本の山は,たとえ低い山でも,部分的に結構急峻な斜面があり,ちょっとした岩場もよく出てきます。そして,そのような所での事故も時々あります。数年前の5月末にも「四日市市の山で2名の登山者が岩場で滑落して死亡」という事故がありました。岩場の歩き方をしっかり身に着けておくことは,日本の登山者にとっては大切なことなのです。これは,本来ならば経験者と一緒に岩登りをやってみることが,一番の早道です。しかし,知識として知っておくだけでも随分違います。イメージを膨らませながら読んでください。
 基本的な姿勢と動作からです。ここでも前回書いたステップが大事になります。これを出来るだけ小さく(低く)すると言うことです。体重移動の幅を小さくすることでバランスが良くなります。大きな一歩は禁物です。今までなら一歩で登っていた所を二歩三歩に分けてください。
 次に体と岩とを離してください。自分の前に十分なスペースを確保するのです。これによって,図の矢印の角度が違ってきます。力のモーメントが鉛直方向に働くようにするのです(図2)。身体が岩にくっつく(前のスペースが狭くなる)とその矢印が斜面の方向に傾いています(図1)。ということは力がスリップする方向にかかっているということです。鉛直方向に体重がかかるということをしっかり意識してください。手で支える所をホールドと言います。これも,手を一杯に伸ばさなければならないような所を持ってはいけません。肘が少し曲がるくらいが,力がよく入るのです。
     
体を岩から離し,力(体重)が鉛直方向にかかるように立つ…7

 次に,3点支持です。手2箇所,足2箇所の4点で自分の体を支えるのですが,動くときにはこのうちの1点だけを動かすのです。右足を上げるときには両手と左足で体を支持します。左手を動かすときには両足と右手で支持します。これは岩場での行動の基本です。さらに,足同士,手同士が縦に並ばないように極力気をつけてください。バランスが極端に悪くなります。
 登りに比べてうんと難しくなるのが下りです。手を下にやらなければならないのでバランスが悪くなります。特に手が胸から下になる時は極端に不安定になります。片方の手は胸より上で,もう片方の手を下において少し下り,下の手が胸より上になってから上の手を下ろすと言うようにすれば,結構安定します。
 下りで怖いと思うのは,下の状態をよく見ることが出来ないときです。足を置く所が分からないと怖くなり,体が岩にくっついていきます。そうすると余計に見えなくなります。下が見えにくい時には一度お尻を完全に落としてください。しゃがみこんでしまうのです。そうして横から覗くと下がしっかり見えるようになります。案外知られていないのですが,一度試してみてください。
下が見えない時はしゃがみこむ…8

 皆さんはつま先で岩場に立つことが出来るでしょうか。もちろん手を添えてです。足全体がしっかりかからなければ不安定で怖いと思う方がいるのではないでしょうか。慣れない人は靴全体がステップに乗らないと不安を感じるようです。ですから靴を岩に対して並行に置いている人を時々見ます。これでは益々体が岩にくっついてしまいます。靴と岩とは直角に,が基本です。これには少し練習が必要です。岩登り(ロッククライミング)では,ほんの小さなステップにつま先で立たなければならないことが多いのです。これが出来るようになると岩場登りは随分楽になります。このときこそ先に書いた鉛直方向への力のモーメントが大切になるのです。少しでも力のモーメントが岩場の方に傾けば(図1・図3)つま先で立つことは難しくなります。自分のつま先に真上から力がかかっている(図2・図4)と,安定して立つことが出来ます。その時に大切なことは,踵が下がっていることです。踵が上がっている(図3)と言うことはスリップする方向に力がかかっていると言うことになります。岩とのフリクション(摩擦)が最大になるようにするために踵を下げるのです(図4)。下の図のようなイメージなるでしょうか。
       
踵を下げてしっかり立つ…9

 最近,特に気になることがあります。それは穂高などに行くと手袋や軍手をつけなければならないようにして,岩場を通過していることです。まあ,気をつけて見てみてください。つけている人のほうが圧倒的に多いです。何時,どこからこのようになったのかは知りません。しかし,これはとても危険なことです。岩場は素手で,が基本中の基本です。指先の感覚は非常に繊細です。何十分の1ミリの凸凹でも感じ取れるのです。ところが手袋をしていては,折角の感覚を全く無にしていることに等しいのです。特に岩場ではこんな危険なことはありません。素手で岩の凸凹を感じながら,ホールドを押さえたりつかんだりしなければいけません。
 冬、雪山で岩登りや岩稜登りをするときの練習として、アイゼンをつけ軍手をつけて金毘羅山などの岩場を登ります。その時の不安定なこと。岩の小さな凸凹が素手の時のように指にしっかり掛からないので、体が支えられるかどうか確信が持てず、非常に不安に感じます。まして2枚の軍手をつけると、それまでなんとか登れていたところが、本当に怖くて登れないのです。わざとグレードを上げるために軍手をつけたり2枚にしたりするのですが、そのトレーニングを通じて私は手袋をつけて岩場を登る危険性を実感しています。皆さんも岩場で、是非手袋をつけた時と着けない時の違いを確かめてみてください。
 岩場での転・滑落事故が増えています。その原因がこのようなところにもあるのではないかと、私は思っています。
岩場は素手が基本中の基本…10

 以上,岩場歩きの基本について簡単に書きましたが,これは安全登山をするために絶対に必要な技術です。何度も繰り返し練習し,安定して岩場が歩けるようになって欲しいものです。
 歩き方について、かなり細かいことから岩場歩きまでについて書きました。これは私が経験で得たものです。自分とは違うと思われるところもあると思います。それぞれの方法でいいと思いますが,肝心なことは確実で安全な歩き方が出来ると言うことです。色々自分の歩き方を工夫してみてください。            このページのトップへ
 <3>ストックワーク
 ストック使用について私見を書くことにします。使い方は人それぞれで、私の方法に対してはかなり異論もあろうかと思います。異論のある方は是非それを投稿してください。どのように使うのがより効果的なのか、安全登山に寄与するのか、皆で意見を出し合ってより良い使い方を確立していきましょう。ストックは安全登山にとって何らかの効果があると思っています。

 余談です。連れ合いから聞いた話です。会の山行で西穂高山荘に泊まった時のことです。そこに今は亡くなった京都のガイドがお客を案内してきていて、次の日奥穂高までの縦走をする予定の夜に、話をすることがあったそうです。その中で、そのガイドは、ストックを使って登山するような者は山に来るべきではないというような内容の話をしたそうです。それを聞いて私はすぐさま、ストックを使っても自分の足と判断で登山する方がよほど価値がある。ガイドに連れてきてもらってしか登れない者こそ山に来る価値は低いのではないか、と連れ合いに話した記憶があります。何れにせよ登山の価値などと言うのは登る者の相対的な価値観にゆだねられなければならないものであって、そう言った私も含めてレベルの低い話ではありました。
 自然保護の観点から、ストックは山を荒らすので使わない方がいい、などという意見もあります。私はそうは思いません。それを言い出すと、ストックの石突きの面積より何十倍も(いや両足を考えると何百倍といった方がいいかもしれませんし,シングルストックなら3~4歩で一回しか突かないのでさらに倍数は増える)広い靴底が自然に与えるインパクトの方がその影響は測り知れませんから、人が山に入ること自体がダメとならざるを得ません。私たち登山者は、そのような議論に乗ってはいけません。山に入り山を楽しみながら自然保護をどうするか、という観点が大切ではないかと思っています。山に入る者すべてが自然を大切にするという、心からのいたわりの気持ちを持って行動すれば必ず保護できるし、それでどうにもならなくなるほど自然は柔ではない、と私は思っています。最近,石突きにカバーをするように入山口に書かれているエリアもあります。私はそれほど変わらないと思うのですが,柔らかい地面にグッと刺さるので自然を傷つけているという感覚が強くなるのだと思います。カバーをすることで自然への優しさを感じられるのならそうするべきですし、入山口にそのように書いてあるところもあります。ただその時,岩の上に突くと滑りやすくなることも頭の中に入れておいて下さい。何れにせよ自然へのいたわりの気持ちを何時も持って入山するということが大切だと思います。
 少し話がそれました。ストックです。まず、シングルかダブルかということについてです。結論から言って、私は、日本の山ではという条件付きでシングル派です。なぜか? 欧米ではダブルストックがほとんどです。それは、ストックを使うフィールドにあると思います。向こうではトレッキングで使うことがほとんどです。そのトレッキングは日本でいう登山とは違い、広くてどちらかと言うと緩やかな山野を歩くというイメージです。例えばヨーロッパでは、高い山を見ながらその麓を歩き回ると言えば、想像してもらえるでしょうか。そのようなところではダブルストックは有効です。しかし、日本の山を考えてみてください。たとえ低い山であっても、日本の山の特性上、ルートの途中で部分的に岩場が出てきたり、痩せ尾根になったり、ストックの使い難い急斜面に出くわしたりすることが結構多いのです。そのようなときに両手がストックでふさがっていてはかなり危険です。
 私はピッケルを持って岩稜や岩場を登下降することにはかなり慣れています。これは今までに相当練習もし、本番でも実践してきたからです。しかし、それでも一本です。岩稜帯で手を使わなければならないときには、手首にぶら下げて両手で岩を持ちます。ぶら下げられるようにテープシュリンゲをセットしてあります。もし、もう片方にバイルなどを持って登下降することになるとすると、かなり大変なことになることは間違いありません。
 では、そのような岩場やストックの使い難い急斜面に出くわすと、一々それをザックにつけ直してそこを通過するのでしょうか。もちろんそのようなところが長く続くことがあらかじめ分かっている時にはザックに付けるのは当然ですし、物の本にもそのようにすると書かれています。しかし、それが部分的な場合は、いちいちそのようにしていると時間のロスが大きくなります。ピッケルなら背中とショルダーとの間に刺すこともできますが、ストックだとそれもできません。やはり私は、持っている方の手首にストックをぶら下げて両手を使えるようにして、そのような場所を通過します。その際、ストックが引っかかったりすると、持っていない方の手でそれを誘導することもできます。しかし、両手にそれがあれば、なかなかスムーズにはいかないものなのです。
 一方、ダブルストックの効用もよく分かっています。それは私が山スキーをするからです。山スキーは基本的には登ったルートを滑るのですから、距離的には歩くのと滑るのは半々です。歩いて登るときにダブルストックは非常に有効なのです。それが重々分かっていて、それでも日本の山ではシングルだというのが私の結論なのです。
日本の山ではシングルストックが有利…11

※「日本の山ではシングルストックが有利」と書きましたが、最近、ストックについては私の中で少し見方・考え方が違ってきている部分もあります。山でダブルストックを使っている人を見ると、足の筋力が落ちてきて歩くのが頼りないと感じている人が結構多いように思うのです。どうも、前後左右のバランスが悪くなり、特に下りで安定感が無くなってきていて、体のバランスをとるために二本のストックを使っている、という人が多いように思います。そのような人がそれでもなお山登りをしようという姿勢は大いに認められなければならないと思います。そして、それならなおさらストックワークをしっかり身につけるべきだと思うのです。

 またまた余談です。数パーティーに分かれて北岳に登った時のことです。頂上を踏み、私たちのパーティーは先に北岳山荘に到着しました。後から下りてきていた仲間からの無線連絡で、同じように下っていた私達には関係のないある一人の登山者が滑落したというのです。私はすぐ小屋に連絡をし、ヘリを要請してもらいました。もちろん私達の仲間はその現場にも駆けつけましたが、残念ながらその人はほぼ即死状態だったそうです。高校生でした。その人がダブルストックだったのです。北岳から山荘への下りを知っている人は、さもありなんと思う個所があることは分かると思います。登ってくる人をよけようとしてストックを突き誤ったようでした。ダブルだったから滑落をしてシングルだったらしなかったとは言えません。しかし、もしシングルだったらストックの突き方が違っていたかもしれないと考えると、複雑な思いでした。
 逆に私は、前穂高から岳沢への下りでダブルストックを使ったことがあります。新調した靴のせいで横尾からの登りで膝を痛めてしまい、どうしても使わなくてはならなくなったのです。あの下り、通ったことのある方はご存じの通り、紀美子平からしばらくは鎖場が連続する、相当厳しい岩場なのです。出会った一人の人が「ストックは危険ですよ。」と親切に声をかけてくれました。私は「はい、よく分かっています。」と返事をしたのですが、それほどの所なのです。でも、私はそんなところでストックを使うリスクを十分分かって使っているのです。この下りでは、もっと下の方の樹林に入った特に危険でもないと思われる所で、仲間の写真を撮ろうとして後ろに下がったところ足を滑らし、何百メートルも滑落して死亡した現場に出くわしたこともありました。また、さらに下の普通の登山道といってもいいような所まで下って来て滑落し、捻挫して動けなくなっていた女性を、我々で上高地まで搬送したこともありました。何でもないと思うような所でも、このようなことが起こる程の急なコースなのです。そのような所でストックを使うことが如何に危険かは重々分かっているのです。それを分かった上で使うことと、何も知らないで使うこととは全く違うことなのです。

 次に、使い方についてです。登りでザックにつけている人をよく見かけます。もったいない話です。その人は下りのバランス保持にのみストックを使っているのです。それでは折角のストックの効用を、半分以下しか享受していないことになります。半分以下ですから半分もないということです。だからもったいない。ではどのように使うのか。
忘れていました、その前に、もう一つ。スキーストック型か、ステッキ型かという問題がありました。もちろんスキーストック型が良いのは言うまでもありません。それはこれから述べる、登りでも使うからということで証明していきます。
ステッキ型ではなくスキーストック型を使うべし…12

 さて、登りでストックを使わない人を見ていますと、下りでもその使い方は限定されていると感じます。つまり、バランス保持にのみ使って、体重の分散、下りの膝への衝撃の緩和にはほとんど使えていないのです。これではストックが泣きます。私は、ストックは下りにはもちろん、登りにもしっかり使います。では登りにどのように使うのか。その時にステッキ型では役に立たないのです。
私は、ストックはほんの軽くしか握りません。握る掌にはほとんど力を入れないのです。ストラップを利用して手首を使います。ストラップの輪の下から入れて、ストラップごと握ります。いわゆるスキーストックの握り方です。そして、登りには自分の足と同じ高さか上に突き、ストラップに入った手首にグッと力をかけて、登るときの体重移動の補助に使います。結構力を入れます。足だけでなく、登りの補助として手首を使うのです。このとき、掌で握るのでは手首ほど力が入りませんし、長く使うと握力がなくなってきてしまいます。
 ステッキ型だとこれが出来ないのです。そもそもステッキは、上から掌で押さえて使うものですから、登りで使うとなると手の位置がかなり上になってしまい、押えられなくなって補助としての力がほとんど使えないのです。又,ストラップ利用も出来ません。それに対してスキー型だと持ち手がかなり上になっていても手首にグッと力が入るのです。試してみてください。登りのストック利用。これはかなり有効です。足だけで登るより、その補助を手にもさせるのですから力を分散させられて、相当なエコになります。
 下りではしっかり安定したところにストックをついて、膝の衝撃を緩和するようにしてください。段を下りるときには、先に下にストックを突きます。そしてそれに体重をある程度分散させながら、膝の衝撃を緩和させるのです。高い段などでは相当有効です。これが何千歩にもなるのですから、膝へのいたわり度は相当なものとなります。この時はストラップに入った手首も使いますが、場合によってはストックの上を掌で抑えることもあります。要するに臨機応変です。しかし、くれぐれも言っておきますが、何時その石突きが滑るかもしれないということを絶えず頭の中に入れておかなければいけません。土に突き刺さっている時はまだしも、石の上で着くときには滑ることもあるということを絶えず考えてください。バランスの全てをストックに任せてしまってはとんでもないことになります。あくまでも補助ということを忘れずに。ストックの基本をもう一つ書き忘れていました。長さです。昔はスキーストックしかなかったから、ストラップにシュリンゲなどをつないで調節したりしたものですが、今は山スキー用や歩き用のための物はストック自体の長さが調節できるものがほとんどです。ですから長さはこまめに調節してください。基本は、登りは短め、下りは長めです。どれくらいかはいろいろありますが、登りは、平地でストックを突いて肘が鈍角に、下りは直角からそれ以上にというところでしょうか。その加減は、自分の丁度いいところでということで、調節してください。ステッキ型はそれほど長く出来ないので,特に急な下りではスキー型と比較して不利だと思います。
登りにもストックを使え!登りは短め、下りは長め…13

 ここから後はシングルストックでの使い方の説明になります。登りやトラバースで、私独特の使い方があります。それは一本のストックを両手で斜めに持つ使い方です。ピッケルで斜面をトラバースするときの構え方です。段が大きくてホールドが得にくいところや急斜面を斜めに登下降する時などで使ってみてください。驚くほど体が安定します。両手で持ってストックを突くことで体がしっかりホールドされ、バランスが良くなるのです。
 フラフラになって、長い杖にもたれついて歩いているような場面を映画で見たような記憶があります。急な登り斜面で、あのような感じで、両手でストックを体の前に付いて、すがるように登ってみてください。これも結構、楽に感じる使い方です。また,大きな段の上に垂直について,開いている方の手をストックの上に当ててぐっと下に引っ張るようにして両手で体を上げるときの補助にも使います。私はこれらの色々な方法を、登るときには結構多用します。
 また、下る時に最近やるようになった方法もあります。それは急な斜面を下る時に、ストックを一番長くして両手で片側の斜め後ろに付き、半身になってそれに持たれるようにして下るのです。昔は雪の斜面を下る時にグリセードという技術を使いました。最近はあまりやっている人を見かけませんが、ピッケルを両手で持って体の片方に付き、石付きで制動を掛けて靴の踵で滑るというやり方です。それと同じような恰好でストックを突くと思ってもらったらイメージしやすいかもしれません。急斜面の下りではバランスがとり易くなり、滑ってこけるということが減ってくるのではないかと感じています。
ストックを使う時、今まで私のような使い方をしていない人が私と同じような使い方をしたら、恐らく次の日、二の腕や肩が痛くなるだろうと思われるほど、私は上りにも下りにもしっかりストックを使っています。
 せっかく持っているものを最大限有効に使おう、そのためにいろいろ工夫してみようと思いながらあれこれやっています。工夫次第で、ストックはまだまだいろいろな使い方ができるのではないかと思っています。ここに書いたようなことをやっている人を山ではほとんど見かけません。おそらく私だけの方法だと思います。人のやらないことをやる。いいじゃありませんか。是非試してみてください。また、自分なりに工夫してみてください。
 歩く時以外のストックの利用法です。一つはツェルトの支柱として、私はよく利用します。二人で行く時には別途ポールを持たなくてよくなります。使い方については、書くまでもないことでしょう。天地を逆にすれば立派なポールになります。リングがついていてもほとんど邪魔にはなりません。
また、もう一つは、緊急時に松葉杖としても使えます。使用する人に長さを合わせてから、二本を下の輪っかのところでくっつけ、両方のストラップをお互いにかけて、どちらもテーピングテープで固定します。手で支えるところもテーピングテープで作るのです(図1)。千枚小屋できつい捻挫をした東京の人と同室になったことがありました。この時、夜は冷たい水でアイシングをし、朝、出発前に、救急方で練習する足のテーピングを施してあげ、このストック松葉杖を作ってあげたことがありました。「とても助かりました。」と後からお礼が届いたことがありました。
             
 ストックが一本しかないときには長さを調節しながらシュリンゲをストラップにつけ持つところにテーピングテープを手の幅くらい何重にも巻いて、シュリンゲを本体に固定すれば、使い勝手はよくないけれどなんとか使えます。
 さらに事故者を搬送する担架としても使えるのです。担架についてはストックが4本要りますし、人も6人必要になります。少し説明が必要ですのでここでは省略します。知りたい方は直接花折まで。
ツェルトのポールにも松葉杖にもなる…14
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 <4>装備
1.基本装備
 今までは、歩くことにまつわる内容で書きました。次は装備について書きます。装備は、きっぱり言って、軽くすること。この一言に尽きます。
無駄を極限まで削って装備は軽く…15

 それなら何も持たなければいい、とはなりません。山ですから自分の命を守るものは最低限持たなくてはなりません。では、何をどれだけ持っていけばいいのか、必要なものと不必要なものは何か。これは経験が物を言います。私も山を歩き始めた当初のことを思い出すと、寒かったらどうしよう?雨が降って濡れたらどうしよう?お腹がすいて歩けなくなりはしないだろうか?着替えは?食料は?とあれもこれもザックに詰めた経験があります。そのせいで荷物は重くなり、ハーハーヒーヒー言いながら辛い登山となってしまい、登山はしんどいというのが最初の頃の感想でした。ほとんどの皆さんが同じような経験をしているのではないでしょうか。
 ところが回を重ねて経験を積んできますと、だんだん荷物が軽くなっていきます。不必要なものは持って行かなくなるからです。不必要なものを判断する基準が確立されてくるのですね。となると、ここにこれから書くことは、精選された装備表だけで十分だということになります。本当はそれで十分なのですが、でも例会などで同行者の荷物を見ていると、やはり不必要なものがかなり入っていると感じています。また、ちょっと工夫するともっと軽くできるのではないだろうかと思うことも多々あるのです。反対に、これは絶対にもっていかなくてはならないというものが入っていないこともあります。山での死亡事故を見てみますと転滑落、落石、気象遭難、道迷い(あるいはそれによる転滑落)がほとんどの割合を占めています。転滑落、落石は装備とは別として、気象遭難、道迷いに対しては、装備がきちんと整っていたら死ななくてすんだのにというケースが、ニュースなどを見ている限りにおいてかなり多いと感じています。夏の気象遭難としては最悪となったトムラウシでもそうです。
 軽量化と必要な装備、重さに関しては相反する面があるのですが、最低かつ必要不可欠な究極の装備について、私なりに工夫していることや考えていること、実践していることなどを書いてみます。
 2009年9月20~22日に槍ヶ岳北鎌尾根に4名で登ってきました。このコースは、加藤文太郎や松濤明の壮絶な死で有名な尾根であることは、山をやるほとんどの人が知っているし,憧れるルートだと思います。北鎌沢出会から北鎌沢を詰めてコルに登ってからは、槍の頂上まで岩稜帯が続く日本では一級の岩尾根です。岩登り技術のランクからいうと最低のものですが、高度差と長さからくる体力がこの尾根攻略のポイントの一つとなります。そのためには軽量化が絶対条件なのです。私たちは、当初は7月の計画で北鎌尾根から奥穂までの縦走とする二泊三日で、水抜きでのザック重量を一人9kgを目標にしました。でも,実際にはわたしが11kgで,平均一人10kgくらいにはなりました。天候悪く9月に延期になり,寒くなると予想してツェルトから4人用テントにしたり,シュラフカバーからシュラフにしたり、さらに北穂東稜を継続登攀するために三泊としたりなどの計画変更があったので少し重くなりましたが、私が他の人より少し重た目で、ジャスト13kgでした。もちろん団体装備としてのテント・コンロ・ロープなどを4人で分けて一人プラス2kg、又、個人装備としての食料・シュリンゲ・カラビナ・ヘルメットなども持って、その上にザックの重さも入っています(身に付けるもので靴や服装、ストックは入れていません)。食事は各自でジフイーズなど、できるだけ軽いものを用意し、コッフェルは持たずに各自の食器でお湯を沸かして調理します。非常事態への備えに対しては,持っているものすべてが非常事態対応のものばかりだから、特に別段用意する必要はない、ということです。以下に計画書の一部を切り取った装備一覧を載せておきます。


 私は、これは秋山の岩稜登攀における究極の装備だと思っています。これ以外に必要なものはありません。削りに削った最低限で且つ必要不可欠なものです。
 上の表は、岩稜登りでテント泊三泊四日分です。もし普通のピークハントや縦走登山で小屋泊三泊四日なら、いらないものがかなりたくさんあります。テント、テントマット、個人用マット、コンロ関係、食器類、水ポリ,ロープ、シュラフ,シュラフカバー、シュリンゲ・カラビナの半分、ヘルメット、食料(行動食,非常食以外)などです。ということは、一人8~9kg程度、最高でも10kgくらいに抑えることができるのではないでしょうか。これならハイキングや軽登山での重さより少し重いくらいです。
 装備の中でスペース的にも重量的にも大きなものは衣類と食料です。これを工夫することによって随分重さが変わってきます。衣類では,私は、車で行く場合は、3泊4日程度の山行であっても着替え類はたいていの場合上半身用を一組しか持って行きません。行動用は着たきり雀です。つまり山小屋、あるいはテントに入った時に、雨に濡れたりして特別に気持ち悪い場合は着替えますが、次の朝出発するときには,特に寒い日で無ければ前の日に着ていたものに着替え直します。もちろん濡れたものはその晩のうちに出来るだけ乾かしておきます。乾燥室がなければ、抱いて寝るのも一方です。布団やシュラフの中で抱いていると、体温で殆ど乾いてしまいます。多少湿っていても、どうせすぐまた汗をかくのですから湿ったもので十分です。そして、次の宿泊先でも同じようにするのです。そうすると衣類はうんと少なくなります。
 汚い話ですが、パンツなどは多少濡れていても、そのまま履いていればすぐに乾いてしまいます。上着類などでもそうです。多少の汗臭ささえ辛抱すれば、しばらく着ていると体温で乾いてしまうのです。これを着干しと言います(今年09年のトムラウシの事故を考えた時,不安があればもう少し増やしてもいいかもしれませんが,私はあのような無謀な登山は絶対にしませんし、濡れに対しては細心の注意を払います。また、着替え類も絶対に濡らさないようにしています。今のスタイルで絶対に低体温症にはならないと確信を持っていますので、私はこのスタイルを続けます)。最近、着干しには批判的な意見があることも承知しています。
 但し,衣類の繊維の種類には気を使わなければなりません。上下とも綿などは最悪です。槍沢を登る人の中にジーパンの人がいましたが,濡れると膝などにくっついて足が上がりにくくなります。最近は乾きやすくて保温性の高い化繊が開発されていますので,登山用品店やスポーツ店などで探してみてください。
究極の着干しで衣類の軽量化を。但し、低体温症に工夫を…16

 今回の北鎌尾根では、着替えとして持って行ったのは半袖と薄い長袖一枚でしたが使いませんでした。槍ヶ岳頂上で最高―最低気温10℃~―1℃の予想でしたが防寒着はジャージ一枚と雨具としました。この時は温泉グッズは車に置いておいたのですが,車でなく公共交通機関を使う山行の場合は、降りてきた後の衣類を最小限の一組だけ持つようにしています。
 なぜ軽くするのか、しなければならないのか? 言わずもがな,でしょう。軽いほど軽快に登山ができ、それだけ山を楽しめるからです。また、軽くすることが事故を少なくすることに直結していると考えています。軽い方がコースタイムが短くなります。重いよりは軽い方が、バランスが良くなることも間違いありません。疲労という面から考えても、軽量化は絶対条件だと思います。着替えに関しては、毎日着替えなくては気持ち悪いという気持ちは分かりますが、その気になれば慣れてしまうものです。自分の体力と技量とを考えてどちらをとるかは、十分考えてほしいものです。
 ただ、軽量化は人それぞれの考え方もありますから、押し付けるつもりは全くありません。実際、山に行けばいろいろな人がいます。休憩時にザックの中からいろいろなものが、しっかりしたケースに入って次々出てくるのを見ることがあります。夏の涸沢で本格的な焼肉パーティーを楽しんでいるグループもあります。冬山でもベースで、大鍋を囲んで大散財などということだってあります。ベース登山なら、多少重くてもベースまでですから我慢できますし、それだけ快適に楽しく生活ができるというものです。持てるだけ持って、山の中で大パーティーをしようなどというのは、私は大好きです。いろいろあって当然ですが、目的とメンバーの体力や意識を考慮しながら取り組むべきです。そうそう、20年以上も前の話ですが、剣岳の熊の岩をベースに岩登り合宿をした時、3リットルのビア樽やスイカなどが入った30kg以上のザックを背負って,ライチョウ沢や長次郎の雪渓を登ったことを思い出しました。

2.必ず持つ装備
 では,山でどのような装備が実際に必要になるのでしょうか。日帰りも含めてどんな山行にも私が必ず持っていくものがあります。列挙してみましょう。


 日帰りで泊まらないのになぜヘッドランプやツェルト?シュリンゲやカラビナは何のために必要なの?非常セットって何?と思われるかもしれません。後で書きます。ここに挙げたものは使わなければ良い山行だったといえるものばかりです。使わないほうが良いのです。使う時は何かがあった時なのです。
 登山というスポーツは山岳自然がフィールドです。ですからたとえ日帰りでも,どんなことが起こるか分かりません。ひょっとして道迷いをしてしまうかもしれません。パーティーの中の誰かが体調不良になったり,捻挫や骨折をして動けなくなったりして,下山が遅れるかもしれません。夜になってしまうと月夜でない限り、山では周りが見えません。そんなときにヘッドランプがあるととても心強いものなのです。
 道に迷って正しい道を探しているうちに暗くなってしまった。動くのは危険なのでここで夜明けまで待とうとなったとき,人間は何かの中に入って周りを包まれるように囲まれ,灯りがあると安心するものなのです。ですから通常の登山では快適性も考えてテントを持つのです。でも,テントはかなりの重量があります。それで日帰りや小屋利用ではツェルトなのです。立ち木やストックなどを利用してツェルトを張った。これで安心。ところが夜中にポツポツと雨が…。どこまでついていないのだ。ツェルトは水を通してしまう。さあどうしよう。先ず雨具を着て,傘があれば中で傘をさせば良い。しかし,傘はない。そうだ,非常セットの中にレスキューシートがあった。これを内張り代わりに使ってみよう。工夫すれば一晩雨露をしのぐくらいのことは何ともなしに出来ます。
 ところが何も持っていないとどうなるでしょうか。暗くなると動けません。しかし,暗いと不安感が増します。その上,周りで何かがガサゴソ。山では夜行性の動物が暗くなると活動します。熊か,イノシシか。あっ,雨が降ってきた。出掛けは天気が良かったので雨具は置いてきてしまった。このまま濡れては寒さでやられるかもしれない。雨を凌げる所を探さなければ。などと色々考えるものなのです。そして,動いているうちにとんでもないことに…。
 ここに書いたことは,私の想像です。でも,日帰り登山に行って帰ってこなかった例など,いくらでもあるのです。ですから私はヘッドランプとツェルト,雨具はどんな山行にも,いくら天気が良くても持って行きます。私達の会ではこれは当然のこととなっています。でも,俄か登山者はそうではありません。先日,大峰山系八経ケ岳に登ったとき,京都から来たという単独行の人に会いました。下界では晴れていたのですが,頂上ではポツポツしていました。「天気が良かったので雨具は置いてきました。早く降りなければ。」と言ってそそくさと下っていきました。このような人がいるのです。
 ツェルトについて,もう少し書きます。これは利用価値がかなり高いものです。私は夏の縦走などではこれを使います。軽いのが良いのです。これに専用のフライをつけると家型のテントになります。それだけではありません。下割れになっているので,雪山などで,風が強い中で休憩するときなど,これをかぶって休憩すると風を直接受けませんし,かなり温かいのです。5月に雪倉に山スキーに行った時,頂上近くまで上がるとすごい風で進めなくなりました。しばらく様子を見ようとこれを被って休憩しました。中に入ると温かいのでほっとしたのを覚えています。その中でコンロを使おうものなら,暑すぎるくらいになります。冬の仙丈ケ岳でも同じことがありました。しばらく待っていると風が若干弱くなり,頂上を踏むことが出来ました。どちらの場合も,他の登山者はあきらめて下っていきました。また,女性が見通しの良い稜線で用を足すことはなかなか出来ないものです。そのときにこれを被れば,安心して用を足せます。連れ合いはモンブランでも使いました。出物腫れ物所構わず,と言いますが,このようなときにも利用できるのです。
 非常セット(ピンチパック)の中身を説明をします。人によって中身は様々です。ピンチになったときに使うものなのでそれぞれ工夫してみてください。私は,小さなポシェットのようなバッグ(13cm×17cm×6cm)に次のようなものを入れています。


 他の人はもっと違ったものを持っているかもしれませんが,私はこれで何かがあったときにはこれでかなり対応できると思っています。これ以外に,府連盟の救助訓練では新聞紙一日分を,防寒や副木として使うなどと薦められています。それぞれ工夫してみてください。
 救急セットの中身ですが、私は次のようなものを入れています。


 次に、シュリンゲやカラビナは何に使うのか。これは主には救助用に持っていきます。怪我をした人を少し移動させたい時には,シュリンゲを適当な大きさのループ状(二人の手が離れないようにするもので,直系10cm~15cmくらい)に折りたたんで二人で持てば,その上に一人を座らせて運ぶ事が出来ます(写真)。

また,ザックなどを合わせて担架を作ったときに,その下にシュリンゲを通して固定したり,それとカラビナを利用して持ちやすくしたり,肩からかけて運ぶときの補助にしたりして使う事も出来ます。危険な箇所の通過時に、不安な人がいれば岩や木に引っかけて補助用としたり、6mm×5mのロープと併用して簡易ゼルプストして使うことも出来るでしょう。また、ザックなどに何か荷物を固定したりするときにも使えます。工夫すれば色々な使い方が出来るでしょう。
 日帰りも含めてどんな山行にも私が必ず持っていくものについて書きました。これだけあればかなりなピンチにも対応できます。でもそれが重くては何もなりません。これら全ての重量を合わせても,私の場合4.0kgです。ピンチ対応と考えると,これくらいならほとんど重量的な問題はないでしょう。

どんな山行にも,必ず持っていくものはこれだ!…17
「ヘッドランプ,雨具,シュリンゲ2,カラビナ2,非常セット(ピンチパック),救急セット,ツェルト,携帯電話,無線機,メタクッカー,ナイフ,コンパス、ホイッスル,ラジオ、6mm×5mのロープ」(総重量4.0kg)

3.山小屋泊の装備
 次に宿泊を伴う山小屋利用の装備を考えてみましょう。上記以外に,衣類,行動食,非常食,水がプラスされるくらいです。
 食料は,一般的には先ずお弁当というのが普通ですが,会員の皆さんはすでに御存知のように,我々は行動食としてお菓子やパン類などを持ち,休憩ごとに少しずつ採るというのが普通になっています。特別に昼食タイムなどは設けません。エネルギーが切れないようにこまめに採っていくという考え方です。何日にもなるとき,以前は1日ごとに分けて持ちましたが,最近は特に日毎には分けなくなりました。分けた方が量が分かりやすくて良いとは思います。私は3日の時には一つの袋に,4日以上になるときには2日分ずつ位に分けることもあります。その時,菓子類の外の袋は省いて,小さなポリ袋に分けて入れます。無用のものは少しでも持って行きません。私はパン類,スポンジケーキ類,チョコレート,飴,ソーセージ,ゼリー,サラミ,チーズなどを一日分これくらいと考えて適当に持ちます。最近はお湯や水を入れると出来るご飯類も色々出ています。朝,これを作っておいて行動食としている人もいます。良いアイデアだと思います。しかし、厚い時には食べにくいという人もいますので、各自研究してみてください。
 非常食は,以前はこれと決めて持ちましたが,最近は行動食に少しプラスして入れます。ですから,一日の山行が終われば必ず少し残ります。それが私の非常食となるのです。よく,非常食は家まで持って帰るなどと言われたものです。でも私は安全地帯まで,としています。それでも食べきれずに残ってしまい,家で持て余すこともしばしばです。重量を考えながら,色々工夫するのも面白いものです。原則的には、非常食は別途持つべきだと思います。私は長い山行にはジフィーズなどを1袋余分に入れたりもしています。
 衣類については前回書きました。必要最低限にするということです。ただ,絶対に濡れてはいけないので必ずスーパーの袋などに入れて濡れ対策をします。
次に濡れ対策について書きます。これは非常に重要です。濡れないようにするにはどうするか。私はこれに細心の注意を払います。ザックの中にゴミ用の大きなナイロン袋(青や黒の)を入れます。その中に装備を入れるのですが,衣類やシュラフなどの絶対濡らしてはいけないものは,さらにそれらをスーパーの袋などに入れて湿気から守ります。そして,雨が降ったらザックカバーをつけますし,沢登りなどでザックごと泳ぐときには大きな袋の口を結びますのでほとんど濡れることはありません。今年,北鎌から槍ヶ岳に登った時,槍から南岳へ向かう途中で布の袋に入れたままで,シュラフをザックの外側につけている人を見ました。そのような人を時々見かけますが,雨が降ってきたらどうするのだろうと心配になります。
装備、特に衣類・シュラフは絶対に濡らすな!…18

 雨具は,もう常識となっていますがゴアテックスに限ります。これが開発されてすでに30年以上になりますが。山屋にとっては正に救いの神でした。水と水蒸気の分子の大きさの違いを利用して,水蒸気は通すが水は通さないというものです。それまではゴム引きの雨具しかありませんでした。汗をかくと着ていないのと同じくらい濡れました。じっとしているだけでも体から発散する水分でジトッと濡れました。ゴアテックスを始めて使ったとき,それまでと比べて本当に快適で,何時までも雨の中を歩いていたいと感じたほどです。それ以後,雨があまり苦にならなくなりました。
 それでも,降り方がひどかったり大汗をかいたりすると,びしょ濡れまでにはなりませんが濡れてしまいます。小屋泊まりなら,たいていの営業小屋には乾燥室がありますから,そこで乾かせます。避難小屋やテントでは着干しをするか,着替えて濡れたものをコンロにかざして乾かすしかありません。私は,前にも書きましたが寒くなければ大抵の場合着干しです。コンロにかざしても完全に乾かすことはほとんど無理ですし,ガスをそれほど贅沢には使えません。そのような時,生乾きのものはシュラフの中やシュラフカバーとシュラフの間に入れたりして,体温が伝わるようにして寝ることもあります。09年7月の,トムラウシの事故の場合,どれだけ濡れ対策をしていたか分かりませんが,もし宿泊した夜に濡れた服を着ていた上にガスなどで体を温めることができない状態だったとしたら低体温症を防ぐことはなかなか難しかったかもしれません。しかし,動きの悪くなった人を直ぐにツェルトやテントに入れて、乾いたものに着替えさせ、コンロを炊いていれば,そしてぬるま湯を飲ませるなどして低体温症の処置をしていたら、ほとんど防げていたのではないでしょうか。ツェルトやコンロを持っていなかったようですから話になりませんが…。

4.テント泊の装備
 テント山行についてです。小屋泊まり装備にプラスして,テント本体,フライシート,ポール,テントマット(テント全体に敷く薄い銀マット),個人用マット,コンロ,コンロ台(小さなベニヤ板),ガスボンベ,コッフェル,食器類,食料が増えます。最近,私はテント泊でパーティーを組む時,ベース形式で無ければコッフェルは持たないことが多くなりました。各自の食器で湯を沸かし,各自がそれぞれ用意した食料を食べるようにしています。大きなコッフェルの重量分が減ります。
 テント山行では,個人用のマットを持ちます。空気を入れるエアーマットは小さくなりますが,パンクしたときのことを考えるとどうしても銀マットになってしまいます。以前はエアーマットを持って行っていた時もあったのですが,パンクしてしまって役に立たなかったことがあり,それからは,私は銀マットです。よく丸めてザックの外につけている人を見ますが,これも濡れてはいけないので,私はザックの中に入れます。丸めて入れることは出来ませんので,130cm×50cm位に切って,4つか5つに折り目をつけて折って,背中側に当てて入れます。長さはこれくらいで十分です。全身用のを丸めて持っている人が多いですが,雪の上で寝るときでもこの長さで問題ありません。今は折り目のついているものは売っていませんので自分でつけます。家で無理やり折って,何回か布団の下に敷いて寝ると付きます。
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 <5>疑似遭難体験
1.ビヴァーク体験

 山での事故はどのようなときにどのような場所で起こるのか。どのような遭難事故が多いのか。前にも書きましたが,そのほとんどは道迷い,転滑落,悪天による気象遭難です。最近は心臓や脳などの疾患による事故も注目されるようになっています。疾患による事故はさておき,道迷い,転滑落,気象遭難などは,そのほとんどは防げる事故です。しかし,それなりの学習や技術習得が必要です。道迷いには読図,転滑落には歩行技術や岩登り技術,足腰の強化,そして気象遭難には天気の読み方,天気図の書き方、悪天に遭遇した時の対処法などです。天気の読み方や天気図に関しては後に書くことにします。
 今回は,不覚にも道迷いをした,悪天につかまってしまった、遅れて暗くなってしまったなど窮地に陥ってしまったときの対処のトレーニングについて書いてみます。窮地に陥ったときのトレーニングなどというのは、おそらく誰もやっていないでしょうが、一度でも体験しておくと、いざという時に落ち着いて対処できるのではないかと思っています。
 私の今までの40年近い登山歴の中で、やはり幾度か苦しい体験をしたことがあります。その一つは、連れ合いと二人で冬の南アルプス荒川岳でのことです。天気が下り気味であることは分かっていたのですが、前夜が高山裏避難小屋で谷間にあり、ラジオが入らなかったのです。どれだけ悪くなるのか、その程度が分からないまま、荒川岳への稜線に上がってしまったのです。稜線に出たとたん猛烈な風雪で、氷の粒が飛んできて前を向いて歩けない状態でした。あと10数分で荒川岳避難小屋があることは分かっているのですが、そこまでが行けないのです。稜線まで上がっていたので下ることもままならず、我々は稜線の風下側のちょっとした雪田を掘ってテントを張り、ビヴァークすることを決めました。
 ここから3000m稜線での苦しい二晩が始まったのです。稜線上より風はましとはいえ、ローソクなどつけても、バタバタとテントがひと揺れすればすぐ消えてしまいます。テントの内側には霜がつき、揺れるたびに落ちてきて、かき集めると山ができるほどたまりました。おまけに運悪く張る時にポールが一本折れてしまったので、いびつな形になっています。その上、その時は伊藤達夫氏に倣って三季用のシュラフだったのです。ほとんど眠れぬまま何とか一晩明かし、朝になって小屋まで行こうとテントをたたんで出発しますが、やはりほんの数メートル上の稜線に出ると進めず、戻ってきて張り直し、二晩目に備えました。
 次の日の朝、風は相変わらず強かったのですが、明るさが違うように感じて、ベンチレーターから外をのぞくと青空が広がっていました。九死に一生を得るとはこのことでしょう。これで助かったと、その時の嬉しかったことは忘れられません。
私たちにとってこの時のこの経験があるから、道迷いや悪天候では大抵の事には動じないだろうという自負と自信がつきました。少々の危機に陥っても、かなり落ち着いて対処できるのではないだろうかと思っています。
 冬に赤石岳に登った時のことです。赤石小屋からのラッセルに時間がかかり、頂上まで行けても戻ってくることはできない時間になっていました。このまま行けば頂上小屋までは十分いけます。しかし、日帰りのつもりで出発したのでシュラフなどは持っていません。持っているのは宿泊用としてはツェルトとガスコンロにボンベが一本、非常セットと行動食の残りと非常食1日分、ロープなどの登攀具です。明日の天気が良いことは分かっていました。私たちは相談して、行くことに決めました。小屋の中でツェルトを張ってレスキューシートをかぶってのビヴァークです。前の荒川岳での経験があったので、これで十分出来ると判断したのです。でも寒かった。小屋の中とはいえ完全にマイナス10度以下。ひょっとしたら放射冷却で20度くらいになっていたかもしれません。壁には霜が張り付いてまるで冷凍庫の中です。ツェルトの中でサバイバルシートの中に入りますが、少しうつらうつらすると寒さで目がさめます。しかし、ツェルトの中なのでガスを焚くとすぐに暖かくなって、体が温まりほっとします。これの繰り返しで一晩過ごしました。朝までにちょうど一本のガスを使い切りました。しかしそれでも、十分一晩、しかも落ち着いて過ごすことができました。経験とはこういうことなのだろうと思います。私たちの登山の幅が広くなったと感じました。
 このように、もしビヴァークの体験が事前にあれば、それがどのようなものであるかが分かっているので、いざという時に躊躇することなくそれを選択することができます。安全登山にとってとても大切な体験なのではないかと考えています。是非一度、安全地帯で、それほど寒くない時期でいいですのでツェルトで、シュラフなしで一晩過ごしてみてください。例えば比良の八雲ヶ原や愛宕山などで、です。ツェルトが如何に重要な装備か、これがあるだけでどれだけ心強いかが分かります。

2.遭難・事故を起こしたら
 道迷いや急な天候変化などで窮地に陥った時に一番大切なことはあわてないこと、落ち着くことです。落ち着けば適切な対策が浮かんできます。しかし、自失してしまうと、悪いほうへ悪いほうへと状況が進んでしまうことが多いのです。
 山スキーで、一人で行動していて、雪庇が崩れて3~4mほど落ちたことがあります。ホワイトアウトで稜線が見えず、迂闊にもその上に乗ってしまったのです。その下が緩やかだったので流されることはなかったのが幸いでした。何が起こったのかが分かるまでにしばらくかかりました。その時、私が落ち着くためにしたことは小用です。なぜそうしたのかは分りませんが、落ち着かなくてはと思ってとっさにとった行動です。これで冷静に自分の置かれている状況が確認できました。幅数十メートルに亘って崩れていました。崩れた目の前の雪壁を登るしか戻る方法はありませんでした。たった3~4mほどでも手がかりのない垂壁を登るのはなかなか大変です。どこを登るのが一番いいのか、どのように登ればいいのかなど、次々に対策が浮かんできます。そして、この窮地を脱出することができたのです。
 何か不時のことに出合った時、まず落ち着くこと。そのためには水やお茶を飲むことでもいいでしょう。一呼吸入れてください。不思議なほど次々と対策が浮かんでくるものです。そして、ビヴァーク体験もあり、ツェルトも持っていれば、気持ちにゆとりが生まれます。「まあ明日朝まで過ごせば何とかなるだろう」と、余裕を持って夜を過ごすことができます。そうすれば、事態は良い方向へと動くものなのです。
 「明けない夜は無い、止まない雨や風、雪は無い」です。待てば海路の日和ありとは、昔の人はうまいことを言ったものです。
まず落ち着け、一呼吸入れること!…19

3.夜間登山体験
 次に夜間登山について書きます。「夜に登山をするなんて無謀!」その通りです。ふつうは夜には登山はしません。明るくても危険があちこちにある山で、周りの見えない夜に歩くのは非常に危険です。言わずもがなです。しかし、私は、あえてそれを一度やってみてくださいと提案します。勿論ヘッドランプを使ってですよ。なぜ夜間登山を体験していただきたいのか。それは、下山が遅れたり明るいうちに目的地まで到着できない様な状況になったりした時、その体験があればやはり落ち着いて行動できるからです。メンバーの調子が悪かったり、ルート間違いをしたりして遅れることはあることです。陽が沈み、周りがだんだん暗くなってくると焦るものです。家族が心配しているだろう。会に連絡できていないので救助要請をしたりするかもしれない。などといろいろ考え、ますます焦ります。そうすれば的確な判断ができず、さらに悪い状態へと陥ったり、あわててけがをしたりすることがあるのです。ところが、夜間登山の経験があると、これくらいならまだ行動可能だとか、この調子であと何時間歩けば目的地に着くことができるとか、これ以上は危険だからビヴァークをしたほうがいいとか、と判断できる基準を持つことができるのです。
 夜間登山の体験をといっても、それをやっている時に怪我をしたり、道迷いをしたりしては何のためのトレーニングかわかりません。自分の歩きなれたルートで沢や崖のない、安全なルートでやってみてください。きっと得るものは多いと思います。我々の京都連盟「初級登山学校」でも、夜間登山とビヴァーク体験のカリキュラムが入っています。それはこの講座が始まった当初から入れられたものです。このようなことが入った登山学校は、おそらく他にはほとんどないものだと思います。
 冬に南アルプス聖岳から茶臼岳へ縦走した時のことです。この年は雪が少なく雪崩の危険もないと判断して、我々は夏道にルートを取って聖岳小屋を目指していました。途中、ロープを使ったり、上部に行くと積雪も増えてきてラッセルに時間がかかったりで、暗くなってしまいました。どこででもテントが張れるくらいの緩やかな安全地帯まで来ていたのでそこで張っても良かったのですが、小屋に入るほうがより安心して眠ることができるということで、我々は、疲れてはいたのですが小屋を目指してラッセルを続けました。そして、ヘッドランプの光の中に小屋が見え、転がり込むことができました。7時を遠に過ぎていました。このように夜間登山を続けるか中止するかを判断し、たとえ夜になってもより安全なところまでいくことが出来るということは大切なことだと私は思います。
 白馬岳から西穂高岳までの大縦走中に台風につかまってしまいました。烏帽子小屋でのことです。日程を考えて、私達は少しでも次に進まなければなりませんでした。昼12時に最接近するとの予報で、私達は急遽午前3時に出発をし、少しでも前に進めようと決めました。勿論夜間登山となります。結局3時間進んで、朝6時に野口五郎小屋までしか行けませんでしたが、このように、その時々の判断で夜間登山をすることにも訓練は役立つことがあるのです。それだけ登山の幅が広がるということになるのです。
 夜間登山を積極的に、と進めているのでは決してありません。体験があるのとないのとでは、そのような状況になったときに、行くか戻るかはたまたビヴァークか、の判断の的確さに違いが出てくるということです。
体験!ビヴァーク,夜間登山…20
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 <6>山の危険の認識
 「山では、絶対死んではいけない。」「私は山では死なない。」よく聞く言葉です。しかし、今年(09年)、我々の労山全国連盟が「非常事態宣言」を出すほど死亡事故が相次ぎました。京都でも、伊藤達夫氏が、4月下旬に、彼のホームゲレンデともいえる黒部で凍死しました。あの伊藤達夫が、です。
あの事故の後、私は「彼の記録をきちんまとめて残すことは山岳界にとっての大きな財産であり、我々のしなければならない仕事である。」と考え、京都連盟に「作業チーム」を設置してもらい、左京労山の機関誌「ルンゼ」をコピーして、まとめる作業を5名で開始しました。改めて彼の山行記録を読んで、その凄さを再確認しています。1980年後半から2000年までの12月から1月に亘って、丸山東壁や大タテガビンという日本の超一級の大岩壁を登ってから剣までの縦走を、20日以上もかけて、毎年行ってきたのです。(もちろんその後も、期間は短くなりますが、積雪期に黒部にはずっと入っています。)その中では、今回彼が遭遇した荒天くらいはしょっちゅうと言っていいくらいあったはずです。そんな超人でも逝ってしまいました。原因ははっきりわかりません。天気が悪くなることは分かっていたし、本人も確認していたのになぜ稜線に出たのか、大学生を2人も連れていたのになぜ引き返さなかったのか。謎ばかりですが、油断や慢心がなかったとも言えません。
 このことを最初に書いたのは、「その時の条件によっては誰でも重大な窮地に陥る危険性がある。」ということを言いたかったからです。ですから、私たちが安全登山を遂行するためには、山の危険を認識するということがとても大事なことだと思っています。
山の危険を具体的に認識すべし…21

 山には危険がいっぱいあることくらい分かっていますよ、という声が聞こえてきそうです。ほとんどの人は、山には危険がつきものだとは認識しています。それはマスコミが遭難・事故を大々的に流すことが多いからです。一般的には、山は非常に危険ということで認識されています。なのになぜ、毎年多くの命が山で落とされるのでしょうか。その一因は、多くの登山者は、山の危険を具体的に認識していないからなのではないか、と私は思っています。全てとはいかなくても、どのようなところにどのような危険が潜んでいるのかをあらかじめ認識していると、事故を起こす前にある程度の対策を打てるのではないでしょうか。
 山での事故で一番多いのは、警察調べでは「道迷い」、二番目に転・滑落です。山岳界(勤労者山岳連盟・日本山岳連盟・日本山岳会など)調べでは、一番が転・滑落だということです。これは、山岳会に所属している人はそれなりに学習していて、少なくとも地図は持っていくし、ルートはかなり読めるということだからだと言えるでしょう。でも、転・滑落がどちらの調べでも多いのは、やはり登山者が高齢化しているということなのではないでしょうか。それでは、どこにどのような危険があるのかを見ていきましょう。

1.軽登山
 まず、普通の軽登山(一般的にハイキングと言われているもの。ハイキングという言葉は危険を隠蔽してしまう言葉として、使う時には配慮が必要だと思っています。)です。そんなところに危険はないだろうと、考えたこともないというのがほとんどではないでしょうか。ハイキング気分で登る山は概して低山でしょう。では、低山には危険はないのでしょうか。ここの認識から変えなければなりません。
2009年夏、団体でハイキングをしていた小学生が斜面を滑落して沢に落ち、それを助けようとした引率者も同様に転落して、二人とも死亡したというニュースを覚えている方は多いでしょう。場所やコースは覚えてはいませんが、ごく普通の、何の危険もないと思われているハイキングコースで起こった事故です。同じく今年、有名な漫画家が転落したルートも、やはりハイキングコースでした。九州で、小学生が家族から離れて遭難して死亡したのも、日帰りの簡単だと思われている山でした。低山だからと、嘗めてかかってはいけないのです。「山高きがゆえに尊からず、低きがゆえに易しからず。」だということを、まず認識してください。
 低山の登山道でも、大怪我をしたり命を落としたりするような箇所はいくらでもあります。また、ルートを間違えやすい箇所も、高い山と同じようにあるのです。例えば比良山系「釈迦ガ岳」への大津ワンゲル道。途中に、小さいですが岩場が出てきます。また、京都北山の雲取山から、二の谷や三の谷へのコースを下山道にとるとすると、かなり急な下りになります。これらだって転がって落ちればただでは済みません。坊村から武奈ガ岳への御殿山コースでも、毎年のように同じようなところで道迷いを起こし、中には死亡事故に至ったケースもあります。日本の山ではいくら低山でも、どこにでも危険個所はあるし、道迷いを起こしそうなところはいくらでもあるのです。
おしゃべりの好きな人はどこにもいます。山でもとにかくペチャックチャ。そのような人に限って、ルート判断はリーダー任せです。その人が、自分たちだけで山に行ったらどうなるか。おしゃべりに夢中で道迷いをした、などは恥ずかしくて、大きな声で人には言えないことです。でもあるのです。そのような人は、皆さんの周りにはいませんよね。私の周りには…。
 危険個所は、誰でも注意します。それでも転落、滑落事故は後を絶ちません。まして、それほど大きなことではないと思われる位の転倒は、山の高低には関わらず、どこでも同じ危険率で存在します。低山だからと言って、転倒しないなんてことは全くありません。分かっているのに転倒して手足を骨折したという事故は、日常茶飯事です。ですから、転倒しないようにいつも気を抜かず注意しなければならないのは、言うまでもないことです。ところが疲れてくると、それがなかなか難しくなるのです。注意しているつもりでもどこかで抜けてしまうのです。そして転倒して手をついたときに骨折する。または足をぐねってしまう。本当によくあるのです。
山低きがゆえに易しからず…22

2.日帰り登山
 次に大峰山系大普賢岳を例にとって見てみます。ここは日帰りで登れる山ですが、途中に岩場があり、ところによっては梯子や鎖が付いています。このように岩場が出てくる山は、日本中どこにでもあります。ここにはどのような危険が潜んでいるのでしょう。先の、低山での危険にプラスして、岩場の上り下りがあります。岩場歩きの基本(No.3で書きました)を身につけていなければなりません。それに梯子の上り下りではスリップに要注意です。特に濡れている時は、鉄の梯子はよく滑るので神経を使わなければいけません。ここでのスリップや転倒・転落は、致命的です。絶対にあってはならないのです。それ以外に、細かなことを言うと、他ではあまり書かれてはいませんが、例えば急な岩場で前向きに降りるときに、斜面に当たったザックで背中を押されることがあるということも頭に入れておきましょう。
 もう一つ、ここに潜んでいる危険があります。岩場はあってもそれほど時間はかからず、案外簡単に登れる山なので、計画を変更してしまうことがあるのです。頂上に早く着いたので地図を見て、国見岳から無双洞を回ってみてはどうだろう。7時発9時半頂上着。このまま下ったら11時過ぎには登山口に戻ってしまう。今日の体調や天気から考えるとまだいける。約5時間プラスとしても3時前には登山口に戻れるだろう。とか、笙ノ窟まで下って底無し井戸を見て来よう。ほんの2時間ほどプラスするだけだから問題ないだろう、などというものです。我々の会では、計画を変更するなどということは御法度となっています。しかし、最近は計画書も作成せずに登山をする人がほとんどの上に、そのような人ほど、当初頭の中で計画していたルートを簡単に変更してしまうものなのです。私たちの中にそのような人はもちろんいませんよね。これは本当に危険なことなのです。計画変更は絶対にだめ、ということを肝に銘じておきましょう。ここ大普賢岳に登ってどこに行ってしまったか分からないという人は、最近でも一件ありました。警察や地元の救助隊がいくら探しても見つからないのです。どこかに転落してしまったのでしょう。でも、どのルートをとったのか、どこに登ったのかすら、分かっていません。ただ、このあたりに登っただろうというくらいなのです。これでは探しようがありません。
計画変更は絶対にだめ…23

3.本格的な登山
 では、奥穂高岳や剣岳あたりの本格的な登山についてはどうでしょうか。このような登山をする人はそれなりに学習し、装備や技術を身につけた人がほとんどだろう、と考えるのは早計です。最近の死亡事故増加に対して、警察でも対策を取っていることがテレビで放映されていました。それは、山小屋で簡単な登山学校を開くというものでした。確か富山県警だったと思います。「計画書を作成していますか?」という、宿泊している登山者への質問に、ほとんどの人が「作成していない。」という回答でした。これが今の登山者の実態なのかと、唖然としたのを覚えています。計画書すら作っていないのですから、装備や技術に対する学習やトレーニングは推して知るべし、でしょう。まず、そこに最大の危険が存在しています。しかし、これらは目に見えません。見えないから当然見過ごされがちです。見えないところに一番の危険が隠れているのですから、これは大変なことです。最近、遭難・事故が社会問題となっている最大の原因がここにあるのではないでしょうか。
 登山というスポーツは歩くことさえできれば、誰でも今すぐにでも始めることができます。他のスポーツは、そうはいきません。基本的な練習をして、まずそのスポーツに必要な基本を身につけなければ試合になりません。試合をして勝ち負けを争うのが、登山以外のスポーツの特徴です。ところが登山には勝ち負けはありません。そこが決定的に他のスポーツと違うところなのですが、そのことについては後日書くことにします。登山と他のスポーツの違うところがもう一つあります。それは、体を動かして練習すること以外に机上で学習しなければならないことがたくさんあるということです。読図、気象、装備、技術などなどです。ところが、最近の特に未組織の登山者で、これらの重要性を認識している人がほとんどいないのではないでしょうか。私たちはこのことを看過せず、重要視していく態度が大切だと思っています。これ以外に今の遭難・事故の増加を食い止める方法はないと思っています。
登山では机上学習も重要…24

 話が多少それたきらいがあります。元に戻しましょう。本格的な登山では、総合的な知識、技術、装備などが必要であるのは言うまでもありません。その上に適切な判断力がなければなりません。技術、装備などについては今までに書いてきたのを読み返してください。読図については、ここでは書きません。どこにでもあることはあえて取り上げません。専門書で学習してください。私は私の経験の中で、あまり書かれていないことを中心に書いてきたつもりです。登山の入門書などに書いてあることなら、下手な私の文章でそれを皆さんに伝える必要はないでしょう。今回、私が言いたかったことは、登山では技術的なトレーニングはもちろん大切なのですが、それにプラスして危険を具体的に認識すること、そのためにも学習することが欠かせないということです。
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 <7>気象遭難と遭難・事故を起こしやすい人
 次に気象遭難についてと、遭難事故を起こしやすい人について私が感じていることを書くことにします。
1.気象遭難
 まず、気象遭難についてです。その死亡事故の多くは急な気温低下や思わぬ積雪などで行動不能に陥って起こる低体温症あるいは疲労凍死と言われているものです。特に高山や北海道などの山岳で多く起こっています。冬はもちろんとして、春や秋にも(絶対にあってはいけないことなのですが)それは有りなんかもしれませんが、夏にも起こっているのです。2009年のトムラウシでの事故はその最たるものです。このような事故は今までにも、同じような季節に同じような所で何回か起こっています。2002年7月にも同じトムラウシで、やはり天候悪化による疲労凍死事故が起こっていますし、羊蹄山でも起こっています。これ以外にも、私の記憶に強く残っているものをいくつかあげると、10数年前の10月に京都を中心としたパーティーが立山で、また、数年前の同じ10月に、白馬でガイド登山のパーティーが、どちらも降雪中の行動で遭難しています。そして、いずれの場合でも尊い命が失われているのです。これらのいくつかはツアーやガイド登山での出来事であり、その場合ツアー会社やガイドに責任があることは当然ですが、参加者の意識にも問題がないとは言えせん。
 このように毎年のように同じような事故が、なぜ起こるのでしょうか。なぜ減るどころか増えているのでしょうか。登山者の意識の問題が大きいと私は思っています。山の事故はニュースでいつも大きく取り扱われ、社会に大きな衝撃を与えます。ですから山に登らない人は、山に登れば遭難する、事故にあうものと思い込んでいる人が多くいます。私の母などはその最たるものです。私が山に入っている間中、異常なほどに心配します。山では必ず遭難や事故が起こるものと思い込んでいるのです。ところが山に登る人は、そのほとんどの場合、何も起こらずおおいに山を楽しんで、満足して下山してきます。たとえ山で雨や雪に降られても、ほとんどの場合何も起こらないのです。ですから、世間で騒がれているほど重大な問題だとはとらえていないのではないでしょうか。遭難した人たちは不運だった、私たちはそんなに無理はしない、というくらいにしか考えず、それが自分たちの身の上にも起こり得ることであるとは、ほとんどの登山者は考えていないというのが実情ではないでしょうか。または、ニュースで報じられた時点では自分たちも注意しなければと考えていても、それ以後の何回もの山行で何も起こらないので、その内に忘れてしまう、感覚が鈍くなってしまうということではないでしょうか。このようなことは自分たちの上にもいつでも起こりうる可能性があると、いつも謙虚にとらえることはとても大切なことだと思います。そしてそれに対処する方法を前もって考えておくことが大切なのです。
 山は天気のいい時と悪い時では、その印象は180度違ってくることは、登山者なら誰でも感じることです。できれば天気の悪い時には登りたくない。誰でも思うことです。日帰りならばそれもできます。しかし、何日かかけて縦走したりするときには、天気のいい日ばかりではありません。悪い日や急変する日に出くわすことも、当然あります。しかし、そのようなときでも、前もって天気の変化がある程度分かっていれば、対処の仕方が違ってきます。私たちはそのために天気予報を聞き、天気図を書いたりするのです。そして、私は、天気が悪くなると予想されるときには、絶対に無理をしません。「この絶対に無理をしない」ということが本当に大切なのです。口で言うだけではだめです。実践しなければいけません。
「絶対に無理はしない」を実践すべし…25

 私は人に言うのは恥ずかしいのですが、すごく臆病者です。ですから天気が大きく崩れると判断した時は行動しないようにしています。登山はしない、動かないということです。先にも書いた通り、天気の悪い日に登っても楽しくも面白くもありません。それほどまでして登る価値のある山やルートは、前回書いた故伊藤達夫氏のような先鋭的なアルパインを目指している者を除いて、一般的な登山者にとってはもはや日本には存在しないと思っています。天気のいい日を選んで登ればいいと、自分に言い聞かせています。そんなこと言っていたら冬山など登れないという声が聞こえてきそうです。そうです。冬山、特に北アルプスなどは、悪天が何日も続きます。そんなことを言っていたら登れないことは、当然あります。しかし、命にかかわる危険率がより高まっているときに、それを冒してまで突入するべきでしょうか。私は臆病者ですので、そこまではできません。もし山に入ったとしても、いつでも逃げられる所までで、そこで天候的には絶対対大丈夫という判断ができるまでは動きません。
 数年前、年末に大喰岳西尾根から槍ヶ岳へ登る計画を立てました。ところが、数日前からの天気予報で、大雪で大荒れになることを報じていました。インターネットや携帯で出来得る限りの情報を得ながら、私たちは直前まで迷っていました。そして、新穂高温泉まで行き、そこで決めることにしました。そこまで行って、再度、携帯の天気予報を見ました。やはり槍ヶ岳頂上の天気は数日前のものと変わっていませんでした。そして、天気予報通りに雪が降ってきたのです。その時点でリーダーの私は中止を決定しました。これが正解だったかどうかは分かりませんが、私はこれで良かったと思っています。大雪を冒しても登れたかもしれません。槍平の小屋までという意見もメンバーの中から出ました。予報通りには雪が降らないこともあるでしょう。しかし、私たちには下山日時に限定があります。その日までには何が何でも降りてこなければなりません。槍平までにも雪崩の危険のある沢をトラバースしなければならない所もあります。槍平から戻ってくる可能性が非常に高いこの状況では、私は山には入らないということを選択したということです。
 一方、2009年暮れ、南八ヶ岳に縦走と登攀を目的に入りました。赤岳~硫黄岳への縦走の日、夜間から降雪があり、出発時にも降っていました。天気予報によると、関東地方南岸を通る低気圧のために午前中は風も強く、山岳地では雪、午後からは晴れるという予報でした。私たちはその予報を信じて、当初の計画を反対縦走に変更して臨みました。最高峰の赤岳を午後に登ることになるからです。硫黄岳まで登って、縦走するかどうかの最終判断をそこですることにして出発しました。数年前に天候悪化で阿弥陀岳で凍死事故もありましたし、同日夜に京都連盟の仲間が地蔵尾根の頭付近で、たまたま携帯が通じて救助要請ができ、九死に一生を得たこともありました。ですから無理はしないと言い聞かせていました。硫黄岳の頂上は強風で、それに吹きつけられた霜がザックやパーカーについて真っ白になるほど気温も低く、その上に視界も数10mと悪かったのでここから引き返そうか、とも考えましたが、硫黄小屋までは大丈夫だと判断して、慎重にルートファインディングしながら進みました。この日は天気が、これ以上は悪くはならないとわかっていた上での行動です。そして、小屋でしばらく様子を見て、縦走しても大丈夫と確信を持って判断し、出発したのです。横岳の登りで時々青空が見えてきました。この日、ここを縦走したのは我々だけでした。
 2008年冬、槍平で就寝中に雪崩事故がありました。2009年9月、そこに行く機会がありました。周りを眺めまわして、あんな所で雪崩が起こってはどうしようもないと思うほどの地形です。でも積雪が多くなるとそういうこともあるのだと、肝に銘じなければならないと強く感じました。2010年正月、穂高で兵庫労山の仲間が行方不明になる事故が起きました。このときは、その後天気が悪くなることが予想されていました。テレビのニュースによると「ワンチャンスを狙って」だったようですが、それが悪い方になってしまいました。残念なことです。
 天気予報についてです。昔は当たらない代名詞に天気予報が使われることが多くありました。しかし、今は違います。80%以上当たると、私は思っています。難しすぎて試験を受けてはいませんが気象予報士の勉強をしたことがあります。気象レーダーやアメダス、宇宙衛星、気球、船舶、航空機などで得たあらゆる情報を、スーパーコンピュータを駆使して地球規模で予想するのです。それでも自然現象ですから外れることはありますが、その確率は非常に低くなっているのです。ですから私は、「悪くなる」という天気予報のときはそれを信じて、山での行動を規定するようにしています。皆さんもこの頃の天気予報はよく当たると感じられているのではないでしょうか。ならばそれを信じて、そうしようではありませんか。山での気象遭難を少しでも減らすためには、それが外れてもその確率はかなり低いわけですから、「また次に計画すればいいさ。」くらいに考えて、決して無理をしないようにしようではありませんか。私は、悪い予報は信じて、良い予報のときにはいつも警戒心を持って臨むようにしています。
悪天になるという天気予報は信じよう…26

 携帯のサイトで、日本全国の山の頂上の天気予報が提供されていることを知っておられる方は多いと思います。しかし、知らなかったという人のためにここにそれを得る方法を書いておきます。登山をする者にとって、非常に大事で有効なサイトだと思います。「ウェザーニュース」というサイトの中にあります。私はDOCOMOのFOMAですのでそれで書きますが、auなどの他の会社でも同じようなものだと思います。
 「メニュー」(「Iモード」「Iメニュー」)「メニューリスト」「天気/ニュース/ビジネス」「ウェザーニュース」と進み、下へずーっとスクロールすると「山岳情報」という項目があります。これをクリックしてどこかの山の情報を得ていくと最後のところで「マイメニュー登録」の画面が出ますので、携帯の暗証番号を入力して登録します。このサイトを「Bookmark」に登録しておくとすぐにアクセスできて便利です。今日明日の天気予報と週間予報、雲の分布・予想、高層観測、寒気予想などが見られます。月々105円(年間1260円)かかりますが、私は安いと思っています。日本のほとんどの山岳を網羅しています。気象協会のサイトからも「山渓」が提供している山の天気のサイトへ入ることもできるようす。どちらが使いやすいかはそれぞれですので、ご自分で試してみてください。
 最近はスマホで「登山ナビ」というサイトを使っています。金額的にも同じようなものです。つれあいは上のサイトですので、両方見られるようにしています。
 話が変わります。私は自分達のパーティーが事故を越した時のことを時々シミュレーションすることがあります。天候が急に悪化したとき、道迷いをした時、自分やメンバーの体調が悪くなったとき、転倒して動けなくなったときなどなど…。前々回にはビヴァークや夜間登山、前回では危険の具体的な認識について書きました。それとも関連して、自分たちのパーティーが実際に遭難・事故に遭遇した時を想定してみることも大切だと思います。ここでは具体的な細かな対処法については書きませんが、このようなことを時々は考えるようにしたいものです。これを考えるとき、基本となるのは、「パーティーがバラバラにならない」「パニックにならない」「落ち着いて行動する」ということではないでしょうか。
「パーティーがバラバラにならない」「パニックにならない」「落ち着いて行動する」…27

2.山に向く性格・向かない性格
 私は、山にむく性格、むかない性格というものがあると思っています。言葉が良くないかもしれません。山で事故を起こしやすい性格、起こしにくい性格といったほうが正確でしょうか。こういうものがあると思うのです。これについても独断と偏見で私見を書きます。
 ほとんどのスポーツは勝敗を争います。勝ち負けがあるからゲームが面白いのです。国体は別として、それを競わないのは登山ぐらいでしょうか。勝ち負けを競う競技では、勝つために欠かせない気質があります。それが負けず嫌いであり、闘争心や勇猛果敢で危険や恐怖を克服できる性格ではなかろうかと思います。例えばサッカー。ボールや相手の選手との衝突や接触を恐れていては試合になりません。ボクシングなどは相手を拳で倒すゲームなのですから、闘争心がなければよい選手にはなれません。怖さを払拭して闘争心むき出しで勇気を持って向かっていく気質がどうしても必要です。
 ところが登山というスポーツは、全く違います。登山には勝ち負けがないのです。確かに岩壁や雪山に向かう場合、闘争心や勇猛果敢な性格は必要になる場合があります。しかし、それでも安全を最大限確保してから向かっていきます。でなければ命がいくらあっても足りません。他のスポーツでは安全を確保してからなどと悠長なことを言っていられません。この違いは、登山にとっては大きなものだと思います。闘争心をむき出しにして山に向かっていくのはあまりにも危険です。すなわち、登山では、そのような性格は、私は不向きではないかと思うのです。あえて言うなら、臆病で怖がり位の方がいい、それくらい慎重でなければならないと思うのです。なぜなら、登山は他のスポーツのように管理されたコートやグランド、ゲレンデなどでプレーするのではなく、全く管理されていない大自然の山岳がグランドとなるからです。ですから、自然の変化、地形の変化などによって、自分の思わぬところ、予期せぬところに危険が潜んでいるのです。例えば北穂のキレットから北穂高岳への登りを登っていたとしましょう。急な上に岩場ですから誰でも緊張して注意して登ります。ですから危険ではあってもこの登りで滑落する人はほとんどいないでしょう。ところが上に人がいれば石を落とすことがあるかもしれません。予期していないことが起こらないとは限らないのです。ずっと以前ですが、ここを登っていた時にこぶし大の石が落ちてきたことがあったのです。幸い人をかすめて落ちていき、何事もなくすんだので良かったのですが…。
 私がなぜこのようなことを書くのか。山を全く怖がらない人がいるのです。私も山そのものが怖いとは思っていません。それでも未知の困難なルートを登る時、どのような所なのかわからなければ不安が大きくなります。ですからいろいろな情報をできうる限り得て、徹底的に調べます。その上でこれなら行けると確信を得てから取り組みます。例えば随分若い時ですが、マッターホルンに挑戦したことがありました。ヘルンリ稜という、マッターホルンにとっては一番簡単なルートですが、最初からロープが必要なルートです。徹底的に研究しました。いくつかの資料を、読んで読んで読んで、私の頭の中では完全にルートが出来ていました。そして、実際に行ってみるとほとんどその通りでした。
昨年の7月に計画をした北鎌尾根(悪天候予報のため9月に実施)。有名なルートであるのに今までトレースする機会がありませんでした。私はインターネットやDVD、書物などであらゆる情報を得て、それをもとにシミュレーションをして、既に自分が登ったことがある、というくらいまでのイメージが出来上がってから臨みました。コース間違いをしてロープを出したとか懸垂下降したなどという話をよく聞くことがあるルートですが、私たちはコースを外すことなど全くありませんでした。4人で行ったのですが、事前の予想よりずっと簡単に、ロープを一度も出すこともなくトレースでき、12時過ぎには槍ケ岳の頂上にいました。
 ところが、自分の実力がどれくらいあるのかすら分からず、その上にそれがどれくらいのレベルのルートかさえ考えもせずに平然としてグループ登山に参加している人がいるのです。そのような人が結構多いのです。当然ながらそのような人は、自ら事前に何の情報を得ることもなく、ただ、決められた日に決められた集合場所に行くだけなのです。私には信じられないことです。皆さんはいかがですか。命は他人任せなんてことは、私には出来ません。
 私はそれがどのような山であっても、決して侮ってはいけないと思っています。まして日本アルプスなどの高山の経験がまだ少ない人がそこに行こうと思う時、あるいは、一般的なルートでないところを登ろうと思う時(北鎌尾根や西穂~奥穂縦走など)、また、今までと違う形態で登ろうとした時(岩や沢登り、雪山など)など、私はそれまでの登山の時よりも怖さを感じてほしいと思っています。それを感じない人は山にむいていない、否、遭難・事故を起こしやすい人なのだと自覚してほしいと思っています。
 私は、一般的でないルートを初めてトレースする時には、登ったことがあるという位までのイメージがわくほどルート研究をし、装備を決め、技術面を検証します。それは私が怖がりだからです。それ位で丁度いいのではと、最近の遭難・事故のニュースを見るにつけ思っています。
怖がりほど学習・研究するから山にむいている…28
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 <8>実際の登山活動
では、実際に登山活動をどのように行っているか、について書いてみます。

1・計画書
 まず、登山者は誰でも、一つの登山が終わると次はどこの山に登ろうかと考えます。次の週末は一日しか取れないから日帰りの山だ。その次は3連休だからちょっとした縦走ができる。などとワクワクしながら計画を立てます。会に所属していると、機関紙に会の例会などが載っているので、それを見て、私はこの山にまだ登っていないのでこれにしよう、などと考えます。そして登る山が決まると、地図などを見ながらどのコースから登るかを決めます。その時、ガイドブックやエアリアマップのコースタイムを参考にすることでしょう。また、会の例会なら、地図などを見ながら、このコースを登るのかと想像します。ここからが登山のスタートです。
 山とコースが決まると、次にしなければならないのは計画書作りです。これは絶対にしなければならないものなのです。ところが、会に所属していない未組織の登山者は、ほとんどこれをしません。或いは、会に所属していても、日帰りの簡単なところぐらいなら会に計画書を出さなくてもいいだろう、こんな山なら何も起こらないだろうからと、会に提出することをおろそかにする人が時々います。まず、この態度から改めなければなりません。たとえどのような山であっても計画書をつくる。これが大事です。日帰りの山には大層だ、と思われるかもしれません。確かに、やれ装備だ、食糧だなどと書くのは大変です。ですから私たちの会では、日帰りの場合はそこまでは要求していません。会の例会は、日帰り装備を予め決めておき、一覧表にして毎回機関紙に載せてあります。個人で計画する場合は、日帰り装備を持つのは当然とした上で、運営委員の誰かに、どの山にどのコースで誰と行き、何時頃下山するかを電話連絡し、下山後に必ずその人に下山報告をすることにしています。
 どんな登山でも必ず計画書を提出する、日帰りならそれに替わる何かを会に届け出る。なぜここまでするのか。何のために計画書を作るのか、作らなければいけないのか。考えてみることにしましょう。
 前回、登山は他のスポーツと違って、自然がグランドなので何が起こるか分からない、と書きました。そう、山では何が起こるか分からないのです。ですから、前もっていろいろ準備をし、調べ、何かあった時にすぐに対応できるようにし、また、どうにもならない時には救助してもらえるように、予め準備しておかなければいけないのです。それが安全登山のための「最初の一歩」だということです。私たちはそのために計画書を作成するのです。そして、緊急時も含めたすべてのことが計画書の中に書かれているのです。
計画書(最低でも「ルート、いつ、誰と、いつ帰る」)は必ず提出する…29

では、計画書の中身を見てみましょう。何を書かなければならないのかを列挙してみましょう。

 私達の会の計画書には、以上のことを書くようにしています。⑦⑧は計画段階で必要なものを考え、漏れがないように準備するためには絶対必要です。また、万が一下山遅れなどがあった時に、食糧がどれだけあり、どんな装備を持っているかで救助や捜索の仕方も変わってくるのです。①②④は、緊急時にはなくてはならないものです。会では山行期間中、必ず連絡のつく人、動ける人に緊急連絡先(留守本部)になってもらいます。最近は携帯電話があるのでほとんどの人とすぐに連絡がつくので安心です。⑤のエスケープルートは計画段階で必ず確認しておきます。天候が悪化して計画したルートが行けなかったりしたとき、安心して行動できますし、捜索する時にも、計画のルート上で見つからなかったときに、そこも捜索の対象とできます。
 私達の会では、必ず⑥最終下山連絡日時を記入しておきます。もし、この日時までに留守本部に連絡がない時には、留守本部はすぐに運営委員に連絡をとり、対応を協議します。会としていち早く動ける体制を作るためには、最終下山連絡日時の設定は大切だと思います。私達は予備日の午後8時位を設定することがほとんどです。下山したらすぐに必ず連絡を入れます。下山報告最終日に、下山したので安心して祝杯を挙げていて、連絡を忘れたなどということがあっては大変です。連絡をした時には大騒動になっていたなどということがないように、「下山しました。」と、下山したらまず一番に報告しなければいけません。
下山したらまず連絡を…30

 さて、計画書を提出し、メンバーが集合して車に分乗して登山口についた。次にすることは、当然準備体操です。これは、だれでもやっています。今ではどのパーティーもストレッチです。これから使う筋肉や筋を伸ばしてリラックスさせておきます。これは、山行中でも、ちょっと筋肉が疲労したと思ったら、休憩中にします。特に下りでねん挫などをしないためにも、少しの間があればしたらいいと思います。

2.登山活動
 さて、いよいよ出発です。登山入門書には、調子が出るまで、特に最初の30分はゆっくり歩くことが書かれています。その通りです。最初の1ピッチは30分ぐらいで切って、衣類や靴の調整をしましょうとも書かれています。異論はありません。昨今の入門書には休憩から休憩まで(1ピッチ)の歩く時間について、どのように書かれているかは知りませんが、昔は「50分から1時間くらいを目安に歩いて、10から15分くらいの休憩を」と書かれていたのを読んだ記憶があります。皆さんはどのようにされていますか。最近は中高年の登山者が増えてきて、30分から40分くらいというのが多くなってきているのではないでしょうか。ピッチをどれくらいで切るかは、登山する人の年齢や体力で変わってくるとは思いますが、私は、やはり50分から1時間くらいとしています。時にはそれ以上歩くこともあります。その方が、一日全体を通して体の調子がいいように思うのです。歩行に調子が出て、登山がスムースに行くように感じています。
 昔読んだ新田二郎氏の本で、題名は忘れましたが、休憩をこまめに取ることを使った推理小説があったように記憶しています。こまめに短時間で休憩をとるとかえって疲労するということを犯人は知っていて、親切を装って少し歩いては休憩し、初心者の同行者をわざと道迷いに追い込み、天候悪化による疲労凍死をさせ、それを登山家の知人が暴くというストーリだったような、ぼんやりとした記憶です。こまめに休憩をとることが、かえって疲労につながるということが科学的にどうかは、私はわかりません。しかし、私は体験的にそのように感じています。
 休憩時についてです。私達は、登山のときにはお弁当は持っていきません。このことは何回目かにも書きましたが、パンやお菓子、ソーセージやチーズやサラミ、ジフィーズのご飯などを、休憩のたびに少しずつ取ります。エネルギーを絶えず補給するのです。
 休憩だからといって、ただのほほんと過ごしてはいませんか。休憩時間にもすることはたくさんあります。地図を出して現在位置やこれからのルートの確認、コースタイムの記録、写真撮影などもその一つです。最近は山でのトイレはちょっと後ろめたさを感じますが、それもこの時に済ましておきましょう。
 「さあ、出発。」という時になって、あわててザックに出した荷物を詰め始めている人を時々見かけます。このような人を、いわゆる「KY」というのでしょう。これは他の人にとってえらく迷惑です。休憩でしなければならないことをしたら、すぐにパッキングし、いつでも出られる体制をとっておいてから、ゆっくりしましょう。または、もうそろそろかな、と思ったらすぐにパッキングにかかるのです。他の人より先に出発ができる体制をとっておくぐらいの心がけが大切です。
休憩時にもすることはたくさんある…31

 若い時にヨーロッパアルプスに何回か行きました。向こうでは氷河や切り立った岩壁があり、厳しいルートが多くある関係でしょう、「スピード イコール セーフティー」という考え方があります。「危険の多い山中に長くいるのは、それだけ多く危険にさらされることで、できるだけ短時間で通過して、少しでも危険を回避しよう」、という考え方からだろうと思います。ヨーロッパに比べると、うんとなだらかな山の多い日本でもそのことは通じると、私は思っています。その日本版が「早出、早着」です。
 日本の山は、特に夏山では、午後からガスが出て雷などが発生することが」しばしばあります。ですから、少しでも早く出て早く着いて雷に出会う確率を減らそうということです。雷だけではありません。時間が遅くなって日が落ちてくると、小屋まで着けるだろうかなどと焦ってくるものです。まして、ガスなどにまかれるとその不安はどんどん募っていきます。そして、あわてて怪我、などということも考えられます。また、もし道迷いをした時などでも、時間があれば気持ちにゆとりを持って本来のルートを探すこともできます。「早出、早着」に損は全く考えられません。ならば少しでも早く出発して、できるだけ早く着こうではありませんか。
 先に書いた1ピッチの時間もスピードと関係があります。例えば30分と50分で考えてみましょう。コースタイムが7時間として、30分のピッチでは13回休むことになります。50分では8回です。一回10分休憩として、10×13=130分 10×8=80分。なんと50分も違ってくるのです。考えてみる必要があるのではないでしょうか。
スピード イコール セーフティー…32

3.報告書
 楽しい思い出をいっぱい作って、山行が終わりました。私たちの会では、それで終わりではありません。まだしなければならないことがあります。それは、山行報告を書くことです。ルート説明やコースタイムなどを、次のときのために記録しておくのです。また、この山行で得た教訓などもあったら書いておきます。そして、もし山行の中で、危うく怪我をしそうになった、道迷いをしかけた、忘れてはいけないものを忘れてしまった、落ちた、滑った、怪我をしたなどなど、それが事故につながりそうなこと、実際に事故を起こしてしまったことなどを「ヒヤリハット」として、山行報告の中に記しておきます。人に言いたくないことであっても、また、恥ずかしいと思うようなことであっても隠さず報告して、これからの安全登山のために、役立てていくことにしているのです。
 登山とはなんと総合的な活動なのでしょうか。ただ体を使うだけというスポーツではありません。文章も書かなければならないのです。「えー、文章を書くの。」と、初めて入会した人はたいていそう思いますし、そう言います。文章を書くのが上手い下手など、どうでもいいのです。自分が登った山を記録に残すことが大事なのです。大いに下手な文章を書こうではありませんか。そのことが、私達の登山を、そして、人生を、さらに豊かにしてくれるのですから。
私たちの会には次のような合言葉があります。
「出そう報告、出すな事故 報告は安全登山の締めくくり」…33
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 <9>地図・読図、気象
1.地図
 道迷いをしないために地図が読めるということは大切です。No.8で読図ついてはここでは取り上げないと書きました。地図の見方、読み方等を詳しく書いた本はいくつも出ています。写真と地図を合わせて説明しているものもあり、よく分かるようになっています。本屋だけでなく登山用品店にも置いてあるので、探してみてください。そのようなことをいちいちここで書いていてはページがいくらあっても足りませんし、私が説明するよりよほど上手によく分かるように書かれています。是非それらを買い求めて学習してください。そこにも書かれているかもしれませんが、私が少し気になること、気の付いたことをいくつかここに書いておきます。
 山で使う地形図は2万5千分の1ですが、これは空中(航空)写真と現地調査を合わせて作成されているので非常に正確です。地形図としては100%信頼して良いと思います。ただ、信頼できないのは登山道です。この地形図に書かれている登山道はメジャーな所ならいざ知らず、そうでない所はいつも疑ってかからないといけません。実際のルートとは違うことが結構多いのです。ですから私は「おかしい。」と思ったらエアリアマップを出して比べます。これでほとんどの場合解決はできますが、「おかしい。」と思うかどうかが問題です。それはやはり地図が読めるかどうかということにかかってきます。ですからどんな山行にも地形図とエアリアマップは持参しなければいけませんし、絶えず出して実際の地形と比べる訓練をするということが大切です。
 エアリアマップには実線で載っているのに2万五千分の1の地形図には全く書かれていないルートもあります。そのようなときには予めエアリアマップを見ながら二万五千分の1の地形図にコースを書き入れておいたりしなければならないこともあります。
 兎に角、習って(学習して)慣れろ、だと思っています。エアリアマップの方が登山道の調査が新しいので、確かなことが多いのです。それでも載っていないルートももちろんあります。また、古いものは役に立たないこともあるということも頭に入れておいてください。エアリアマップでは細かい地形を把握することには適していません。やはり地形図が必要になります。しかし、コースタイムが書かれているので、その点については大いに参考になります。両方を上手に使いこなすことが大切です。
2010年2月に比良山系の坊村から御殿山コースを武奈ヶ岳に登った時のことです。西南稜に出てからしばらく尾根状を登って、そのあとトラバース状に山腹を巻いていくはずだったのですが、どんどん尾根を登っていきます。「あれっ。おかしいぞ。」と思って地図を出して確かめると、本来の登山道はやはり私が思っていたところについていました。このときはエアリアマップにも新道は載っていませんでしたが、最近は、西南稜はずっと尾根を登って行くように道が付いているということです。確かにその方が地形と合わせてみてみると登山道としては合理的ではあります。
 その年の8月、私達は白馬の栂池から西穂高岳までの北アルプス大縦走に取り組みました。残念ながら途中台風に出会い、その後も天候は回復せずに双六岳から下山ということになりました。その時、弓折岳から新穂高に下山するのですが、私の地図には弓折岳を過ぎて大ノマ乗越からの下山道がありそれをとりました。ところがこれが新しい地図にはなかったのです。そうとは知らず、入り口ははっきりしている下山道に私達は入って行きました。途中からは踏み跡となり、それでもその昔何回か通っている私の判断でそれを突破し、鏡平からの正規の登山道に合流することは出来ました。このことから、やはり地図は新しいものでなくてはいけないということです。地図はどんどん変わります。お金はかかりますがせめて10年に一度くらいは新しい地図に買い換えましょう。
地形図では地形は正確、登山道は不正確。地図は最新の物を…34

 2万5千分の1の地形図を見るとき、もうひとつ注意してほしいことは、地形図の北(真北)と方位磁針の北(磁北)とはズレがあるということです。九州付近で5度~6度、本州で6~8度、北海道で8度~9度位、方位磁針の方が西に傾いているのです。地形図に西偏何度と書かれています。地形図を見るときにはその違いも頭の中に入れておく必要があります。普通の時はそれほど気にしなくてもいいのですが、ガスで周りの地形などが確認できないときにはシビアな判断が要求されます。このような時にはたとえ数度の違いでも数100メートルも進むと大きな違いとなってきます。ですから丁寧な人は、その地形図の西偏度に合わせて、あらかじめ方位磁針を合わせるための線を何本か書きこんでいる人もいます。
地図の北と磁針の北とは5~9度ズレている…35

2.気象
 No.9で天気について書きました。天気と言えば天気図。登山を本格的に始めた時には、誰でも必ず書けるように学習しました。今、私は、これが書けるかどうかはそう大したことではないのではないかと考えるようになってきました。それより、自分が今入っている地域の天気がどのように変化するかの情報をいかに得るかが大切なのではないかと思っています。もちろん天気図は書けないより書ける方がいいのは決まっていますし、書けるまでになるということはそれだけ学習しているということなので、大まかな天気の変化を捉える事が出来る力はついているということになります。また、長期の冬山ならばやはり書けなければいけないし、それを読む力も必要となるでしょうが、それ以外の季節には、私の場合ほとんど必要性を感じなくなってきています。
 私は冬山に入るのにどうしても必要だったので、高層天気図も書けて読めるように学習しました。そして、冬山においては地上天気図よりも高層天気図の方がずっと役に立つと思っていましたし、実際に役に立っていました。どれくらい後にどれくらい悪くなるのか、ならないのか、寒気が入ってきているのか、低気圧がどのあたりに発生し、それが発達するのかどうかなど、気象の素人の私でもかなり正確に判断できました。もちろん地上天気図も書いて、合わせて判断するのです。冬山に入る人の中でどれくらい多くの人がこの高層天気予報を利用していたかは分かりませんが、ある年から、この高層天気予報が、お金の関係から放送が打ち切られてしまったのです。これは本当に残念なことでした。今、高層天気図を手に入れようと思ったら、インターネットからか「しんぶん赤旗日刊紙」の天気図からということになります。私は冬山に入る時には、入山の数日前からの変化を必ず見ておくようにしています。これで入山後2~3日位の大まかな変化はつかむことができます。しかし、これはあくまで大まかな変化です。その途中で変わることも大大にしてあります。
 前々回にも書きましたが、今の天気予報はかなりな確率で当たります。2,3日の短期予報なら8割以上当たります。それならそれを信じ、いかにその情報を得るかを考えた方が良い、と思うようになったのです。冬山は別として、特に、雪のない季節や地域で春から秋にかけては、その方がずっといいと思うのです。今ではインターネットや携帯電話、デジタルテレビで、いくらでも、ほぼリアルタイムで、しかもピンポイントで天気予報の情報を得ることができます。素人がおぼつかない天気図を書いて予想するよりそれらの情報を得ることの方が、ずっと正確な天気の変化を知ることが出来るのです。
 私は、最近は冬山でもあまり天気図を書かなくなりました。これがいいかどうかは意見のあるところだろうとは思います。しかし、私達が天気図を書いて予想するよりも、はるかにラジオや携帯の予報の方が正確だということを、私は実感しているのです。いや、それは比べるまでもないことなのです。高層天気図が書ければまだしも、地上天気図だけでピンポイントの天気予報など、はっきり言って素人には「ドダイ無理」なのです。たとえ高層天気図が書けたとして、ホンのホンの一部の情報だけでする天気予報にはおのずと大きな限界があることを知らなければなりません。プロが、可能な限りのあらゆる情報を元にして、スーパーコンピュータを駆使して出す天気予報に、足元どころか、足元のチリにも及ばないのです。
天気変化の情報収集で気象遭難をなくす…36

 No.9で書いた09年暮れの赤岳では、私たちは天気図を書きませんでした。直前まで、携帯で赤岳頂上の天気予報を、36時間後までの詳報と週間天気を確認して入山しました。行者小屋ではラジオがしっかり入るし、稜線に出ると場所によっては携帯も通じる場所があります。その時は、行者小屋では携帯は通じないと思ったので調べてはいませんが、入山前の携帯情報と現地でのラジオの情報では、夜半は多少荒れて雪が降るが次の日は朝から回復に向かい、午後から晴れるという予報だったのです。低気圧が関東南岸を東進し、東に抜けるからだとの放送でした。それ以外に前線や寒気に関することも放送されていましたが、それらのことをすべて考え合わせて、「大丈夫」と判断したのです。そして結果はその予報通りとなったのです。ただ、その判断ができた背景には、それまでに何度も天気図を書いてきたし、それなりに気象の勉強もしてきたので、その天気予報を聞いて何となく大まかな天気図が私の頭の中に浮かんできていたということはあったかもしれません。
 その前年の空木岳でも、私たちは天気図を書きませんでした。やはり入山直前まで、携帯で空木岳頂上の天気情報を得、テントではラジオで天気予報を確認しました。確かこの時は、テントを張った地点でも携帯が通じて、私達が行動するその日一日、「晴れ・晴れ・晴れ」のマークが付いていたと記憶しています。一週間前の予報では雪だったのですが、当日が近付くにつれて良い予報に変わっていき、まさに一日中快晴の登山日和となったのです。
 携帯が通じない所なら、リアルタイムでは天気情報を得ることは出来ないでしょう。しかし、ラジオが入ればかなりな頻度で天気予報は聞くことができます。メジャーな山々では、山小屋の中などにも天気図や予報は貼り出されていますし、携帯の通じるところも多くなってきています。これらを最大限利用して、少なくとも気象遭難は絶対になくしていきたいものです。
 何年前だったでしょうか。私達は年末に北岳から農鳥岳を越える白峰三山縦走を計画して、池山御池小屋に宿泊したことがありました。12月28日のことです。隣になった東京のある労山の方々と一緒だったのですが、その人達は同じ会の気象予報士の人に「この年末は30日が天気のポイントになる。」と言われたと話してくれました。このころは勿論、私達は天気図を書いていましたから30日に天気が悪くなることはある程度予想できていました。幸か不幸か、私達はメンバーの一人が北岳への登りで体調不良となり、途中に荷物をデポして、急遽縦走を取りやめ、北岳往復としました。ところが後でわかったことなのですが、この人たちが遭難してメンバーの一人が雪崩で亡くなってしまったのです。それも言われていた30日に、です。この日、朝から荒れていたので北岳山荘から引き返したようです。ところが八本歯のコルに差し掛かったところ風が強く、コルを渡るのは危険だと判断して樺沢に下ってしまったということでした。この顛末は、当該の会に連絡をとって送っていただいた事故報告集に書かれていました。
 なぜ八本歯を樺沢に下ったのか、これは当事者でなければ分かりませんが、ここは絶対に下ってはいけない所なのです。ずっと前のことですが、同じところを私は連れ合いと塩見岳から縦走してきて、おそらくこの時よりももっと大変な状況の中で通ったことがありました。その時、そこを樺沢に下るという考えは、我々の頭の中に毛の先ほどもありませんでした。全く考えていなかったから、思い浮かぶこともなかったのです。それは、樺沢は雪崩の巣だということが最初から分かっていたからです。
遭難事故があった前日は八本歯のコル付近は雪が少なく、岩と土が所々表れていましたが、以前に私達が縦走してきた時、ここに差し掛かった時には、そこは雪がしっかり着いて両側が切れ落ちた雪稜となっていて、どちらに落ちても助からないと思うような状態でした。しかもコルですから風の集まる通り道となっていて、その風を圧して渡ることなどできませんでした。どれくらいの時間躊躇したことでしょう。風の隙間を狙って、まず一人が渡り、次にまた狙って渡るというような状態でした。何しろその数時間前の間ノ岳頂上では、連れ合いは「飛ばされる!」と言って、頂上の標柱に抱きついて体を保ったほどでした。ましてその風が集まるコルではどれほど強いか、想像していただくのは難しくないと思います。それでも私たちは樺沢には下りませんでした。雪崩が怖いことは勿論ですが、コルを外れれば風はうんと弱くなることも知っていたからです。
コルは風が強いが、少し外れれば弱くなる…37

 なぜここにこのようなことを長々と書いたか。荒れることが分かっていれば、安全地帯を動いてはいけないということが言いたかったのです。この人たちは、30日がポイントだと言われて来ていたのです。その30日に動くことはなかったのです。いや、動いてはいけなかったのです。もしこの時、私達が同じようにこの北岳山荘に泊まっていれば、私達はおそらくこの荒れも計算ずくでしたので、沈殿していたと思います。例え引き返したとしても、少なくとも樺沢には絶対に下っていませんでした。そして、恐らくこの人たちも下ってはいなかっただろうと思うと心穏やかではありませんでした。前の晩にどれくらい積雪があったかは、現地では分かります。であれば雪崩の巣などには怖くて絶対に入れません。これも経験、と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、気象遭難といってもいいのではないかと思っています。
 荷物の軽量化の号で北鎌尾根を7月から9月に延ばしたことを書きました。これは、私達が計画した日程が、携帯サイトの山岳天気予報で「槍ケ岳」は雨だったからです。それもかなり荒れるという予報でした。出発するぎりぎりまで天気予報を確認して、直前で延期と決定しました。雨でも登れないことはありませんが楽しくありません。せっかく登るのに楽しい登山をしようではありませんか。
天気が著しく悪いと判断すれば動かない、入山しない…38
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 <10>遭難対策 
今、連盟では「これから始める登山教室」が開催されています。そこの講師として連盟の遭難対策と山岳会というテーマで話をすることになって、レジュメを作りました。折角なので、今回はそれを使って遭難対策について書いてみることにします。レジュメを文章にするために、順番を入れ替えたりしています。しかし番号<1><2><3>等はレジュメのままにしてありますので多少見づらかったり読みにくいかったり、変なところがあったりするかもしれませんがご了承を。
私たちの入っている日本勤労者山岳会は、日本にいくつかある山岳団体の一つで、以下のような考え方で、登山界の発展のために活動をしています。

遭難対策と山岳会
*全国連盟と地方連盟は力を合わせて登山文化の継承・発展のための活動しています。
・全国に650団体、25,000人の会員が入会。
・労山の考え方
(1)登山はすぐれたスポーツ文化であり、憲法で保障された国民の権利である
(2)登山の多様な発展を目指す
(3)海外登山の普及と発展をはかる
(4)遭難事故の防止につとめる
(5)限りある自然を守り、後世に残す
今回は、その中の(4)遭難事故の防止に努めるというお話です。
まず、2009年の5連休の遭難事故から見てみましょう。

1.遭難事故の現状
大型連休の山岳遭難 137人(NHKニュースより)5月20日 7時12分
大型連休を中心とする期間中に、全国の山で遭難した人は、前のシーズンよりもやや増えて137人となり、死者・行方不明者は21人で、ほとんどが中高年の登山者でした。
警察庁のまとめによりますと、先月29日から今月9日までの大型連休を中心とする期間中に、全国の山で遭難した人は137人で、前のシーズンより17人増え、この10年間で2番目に多くなりました。富山県の北アルプスでは、今月1日、大学の山岳部OBのパーティーのうち2人が雪崩に巻き込まれ、60歳の男性が死亡したほか、同じ北アルプスの剱岳では48歳の男性が尾根から足を滑らせて転落し、死亡しました。期間中の死者・行方不明者は前のシーズンより5人減って21人でした。1人を除き全員が40歳以上の中高年で、死亡した人の平均年齢は67歳だったということです。また、けがをした人は12人増えて61人でした。夏山のシーズンを控え、警察庁は、体力的に無理のない計画を立てて、事前の準備を十分するよう呼びかけています。

 何とこの年は137人が遭難し、そのうち21人がなくなっているのです。前回の最後に入れましたが、下記は具体的な事例です。
<連休の事故例>
・谷川岳からの下りでスキーヤーが滑落、死亡。(5月1日に私達も滑降)
・立山、御山谷下部で雪崩、山スキーヤー一人が死亡。(以前に2度滑降)
・鹿島槍ヶ岳で登山者が滑落、一人死亡。(登頂を残念し下山中)
・大峰山系で一人行方不明。(5月4日下山予定、5日に捜索願。発見されず)
・巻機山で遭難、翌日無事下山。(5月3日に私達も登山、滑降)
・富士山で滑落事故救助中に近くで女性を発見。死亡。
などなど。

 谷川岳の事故は、そのホンの2日前に、私たちが全く同じところを滑ったばかりでした。おそらく滑落したのは、私たちは怖かったのでスキーを担いで下った所なのですが、無理をして崖の上をトラバースすればもう少し下まで滑れるという所だったと思われます。私たちの時にもそれをスキーでトラバースしていた人がいました。それ以外では滑落してもよほどテカテカに凍っていない限り下の方で止まるはずです。このときは天気が良く、とても凍っていたとは思えません。
 同じ時、これも私たちのすぐ後でしたが、巻機山で遭難がありました。これは無事救助されていますが、他人事とは思えません。
 連休後、田舎に帰って分かったのですが、大峰山系でも遭難がありました。京都市伏見区の人です。前鬼から釈迦ヶ岳―弥山―山上ケ岳までの縦走だったようで、弥山小屋でテントを張った所までは分かっています。4日の下山予定が5日になっても帰ってこないので家族から捜索願いが出されました。ヘリなどで2日間探しましたが見つからず、捜索が打ち切られました。弥山から山上ヶ岳までの間には道に迷うところも少なく、それほど危険なところもありません。計画書は出されていなかったようです。
 では、このようなことにならないためにはどうしたらいいのでしょうか。

2.遭難しないために
*「みんなの登山教室」の内容の全てが、そのための学習であり実技である。
○計画書・登山届は遭難したときにできるだけ早く救助してもらうため。
○自分の身は自分で守る→危機管理は今やどの分野でも当たり前。
○遭難の種類→・気象遭難・技術不足(転滑落、読図力など)・装備不足(雨具、地図、ツェルト、食料等)・持病等の悪化など。
○遭難したら→・パニックにならない、下らない、動かない、バラけない。
○「遭難疑似体験」を→ビヴァーク体験、夜間登山体験、遭難シミュレーションなど。
○怖いのは→技術・体力の過信…特に中高年は全ての点で落ちてきていることを自覚するべき。
昔取った杵柄…昔とは技術も装備も大違い。精神主義は時代錯誤。人の言うことに耳を貸さない傾向が強い。一から学ぶ心構えが大切。

 上記のことは、今までの「より確実な登山のために」でほとんど書いています。読み返してみてください。

 次の資料は、警察庁のホームページからのものです。中高年の遭難事故が、全体の81.1%、中でも55歳以上は64.0%となっています。また、単独行者の死亡・行方不明の割合も単独行者の事故に対してその22.9%で、複数(2人以上)登山者における死者・行方不明者の割合(10.8%)と比較すると約2 倍となっています。如何に単独行がリスクが大きいかということです。

(参考)警察庁調べでは「道迷いが」、山岳団体調べでは「転・滑落」が一番多くなっている。
2 山岳遭難の特徴と未然防止対策等
(1)目的別・態様別
山岳遭難を目的別にみると、登山( ハイキング、スキー登山、沢登り、岩登りを含む)、山菜・茸取りが多く全体の87.9%を占めている。また、態様別にみると、道迷い、滑落、転倒が多く全体の71.6%を占めている。これらの遭難は、わずかな不注意や安易な行動がもとで発生していることから、遭難を未然に防ぐため、登山に当たっては、以下のような点に留意が必要である。
○登山計画書の作成、提出
気象条件、装備、食料、体力、体調、登山の経験と山岳の選び方、登山コース、日程等に配意して、余裕のある、安全な登山計画書を作成し提出する。
○危険箇所の把握
計画を立てるとき、滑落等の危険箇所を事前によく調べる。
○状況の的確な判断
視界不良・体調不良時等には、滑落、道迷い等のおそれがあることから、状況を的確に判断して早めに登山を中止するよう努める。
○滑落・転落防止
滑りにくい登山靴等の着用、ストック等の装備を有効に使用するとともに、気を緩めることなく常に慎重な行動を心がける。
○道迷い防止
地図とコンパスを有効に活用して、常に、自分の位置を確認するよう心掛ける。
(2)齢層別
中高年の遭難者は1,567人で全遭難者の81.1%を占めているが、中でも55歳以上の遭難者が多く、全遭難者の64.0%を占めている。中高年の登山では、体力的に無理のない計画と十分な事前準備に特に配意する必要がある。
(3)単独登山者
単独登山者の山岳遭難は、死者、負傷者ともに増加した。単独遭難者の死者・行方不明者は1 3 7 人で、全単独遭難者の22.9%を占めているが、複数(2人以上)登山者における死者・行方不明者の割合(10.8%)と比較すると約2 倍となっていることから、単独登山は出来るだけ避け、信頼できるリーダーを中心とした複数人による登山に努める必要がある。(2008年警察庁調べ)

3.京都連盟の遭難対策
 次に、京都連盟の遭難対策についてです。私たち連盟参加の会員は救助隊に救助要請をすれば、すぐに隊が組織され、救助に向かう体制をとっています。大峰山系での遭難のようなときにも、私たちならおそらく何十人も動員して、2日間で終了することなく、しらみつぶしに谷や山中を捜索することになったと思います。
 また、すでに何回も参加されている人もいると思いますが、絶えず搬出訓練をして、セルフレスキューの技も磨いています。

・救助隊の結成
・搬出訓練 毎年2回+近畿ブロック・全国連盟の訓練にも参加
・「ヒヤリ・ハット」の共有→報告集会開催や報告集の作成など
・登山学校や教室の開講

4.救助要請
 実際に救助要請をどのような時にどうすればいいかということについてです。

・セルフレスキューが基本→そのための搬出訓練
・安易に「救助要請」は出さない。→昨年末のプロガイドの例
・セルフレスキューは無理、と判断したら迅速に救助要請を
① パーティー全体の安全確保とともに救急処置をする。事故者(動かせない場合は除いて)を含め安全地帯への移動。
②携帯が通じるときには110番→
山行中は携帯の電源を切っておく。圏外では携帯が電波を探しにいくので電池の消耗が早い。
携帯が通じないときは→
近くの山小屋や登山口などへ救助要請に。この場合、必ず複数で文書(所属団体、いつ、誰が、どこで、どのような状態か等)で。
パーティーを分けることになるので、装備もきちんと持たせる。分けるのが無理な場合、通りかかった人や近くの人に依頼する。
二人の場合は、一人で行かなければならない。事故者の安全確保とツェルト等を張って、食料、水、雨風対策をきちんとしてから、動かないことを言い聞かせて。
一人で、動けないときには→笛(一分間に6回)や火を焚いて知らせる。
ヘリが飛んできたら→ヘリは二回飛んでくる。一回目は来たことを遭難者に知らせるため。その時に発見されやすい見えやすいところへ移動を。
救助要請は、頭上で衣服を回す。近づいてきたら上下に振る。
② 救助が来るまでには時間がかかる→絶対に生きて帰るという強い意志が大切。
③ 救助されるときには救助隊の指示に従う。
④ 終わったら後日必ずお礼を。
⑤ 再発防止のために事故報告書を。
*安易な救助要請が社会問題化→携帯を使って、特に中高年による救助要請が急増。
(お勧めサイト)http://middleagetozan.com/ 「登山者はこうして遭難する」
元クライマーが山岳遭難事故防止のために公開しているホームページです。是非一度チェックしてみてください。とても参考になります。
セルフレスキューが基本。救助要請する時は迅速に…39

5.山岳保険
日本勤労者山岳連盟の「新特別基金(元遭難対策基金)」→会員のための互助制度
○労山会員のための互助制度
○ドア・ツゥ・ドアで
○継続申込で、救助・捜索の交付率が加算。最大400倍
○山行中の事故に交付○死亡・行方不明や、入院・通院にも交付
○5条件を満たせば3倍交付の特典((1)岩場、沢、雪、海外を除く (2)標高2000m以下 (3)標準コースタイム5時間以内 (4)日帰り (5)既設登山の5条件)
○遭難救助中の二重遭難には5倍を交付
○人工壁、海外登山・トレッキングの事故にも適用○仮交付制度で、即座の交付が可能
○仮交付制度で、即座の交付が可能
○公開山行で会員外の参加者の事故にも見舞金を支給ほか
(参考)他の山岳保険 山岳共済:日本山岳協会、モンベル山岳保険:モンベル、都岳連遭難共済:都岳連、レスキュー費用保険:日本費用補償小額短期保険など
 私たちの「新特別基金(元遭難対策基金)」は保険ではありません。共済制度と言った方が正確です。皆でお金を少しずつ出し合って、お互いに助け合おうという趣旨で作られました。ですから、このお金を使って、安全対策にかかわる事業もしています。地方連盟の救助訓練への補助や雪崩講習会などの技術教育は遭難事故対策などにも支出されています。事故を起こさないための学習会や訓練も大事だという観点からです。
 上記の通り他の保険にはない優位な内容がたくさんあります。詳しくは「日本勤労者山岳連盟」のホームページを確認してみて下さい。
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  <10>山小屋での生活
 12回にわたって、さも良く山を知っているように書いてきて汗顔のいたりではありますが、最近あまりにも痛ましい事故や悲しい出来事が多いことに心痛めてのことです。私はごく普通の登山者です。特に厳しい山行をしてきた訳でもなく、登攀をしてきた訳でもありません。一通りは冬山にも入り、岩登りもやってきたというだけで、全てそれまでのルートガイドなどを見ながらトレースしてきただけです。海外登山にしても極一般的なヨーロッパアルプスなどに出かけ、極一般的なルートを登ったというだけで、3大北壁を登ったわけでもなく、より厳しいルートに挑戦したわけでもありません。しかし、それでも、その中で得た経験の蓄積はそれなりにあります。それが、今、社会問題化しているといってもいい山岳遭難・事故を防ぐことに少しでも役に立たないだろうかという思いで書き始めたものです。一般的な登山をやっている人、これから始めようとしている人にとっては、むしろ先鋭的な登山をやっている人より、私ぐらいの経験の方がかえって役に立つのではないかなどと思って書いています。ですから、できるだけ私が経験した具体的な出来事を入れながら書くようにしています。
 前置きが長くなりました。2回に分けて、山小屋とテント生活について書くことにします。これから夏山が始まります。私は、普通はテント泊ですが、教職員の登山祭典等のリーダーなどで行く時には山小屋にも泊まります。山小屋には、涸沢ヒュッテや穂高岳山荘、槍ヶ岳山荘などのように何百人も泊まれて、民宿のような結構豪華な食事が出る立派なところから、食事はもちろん寝具も持参しなければならない無人のものまで、色々あります。そんな山小屋で少しでも快適に過ごすために、注意点などをマナーも含めて書くことにします。

 10月の連休に涸沢ヒュッテで泊まった時のことです。涸沢の紅葉が美しいこの連休のような特定の時にはとんでもないことが起きます。何と畳1畳に4人が入れられるのです。想像してみてください。いくら来る者拒まずとはいえ、畳1畳に4人は大変です。刺し身(頭と足を交互にして)で寝ることになるのですが、まともに上を向いて寝ることは叶いません。また、夜中にトイレに行こうものなら、もう入るスペースなどありません。私がトイレから帰ってきたら、どこに入っていたのだろうと思う位全くスペースが無くなってしまっていて、仕方なしに部屋の通路に置いてあるみんなのザックの上に寝たことがありました。またいつだったか、同じ会の連中がテントを張っていたので、そこへもぐりこませてもらって寝たこともあります。北岳では、小屋に宿泊代を払っていましたが、テント場に行って持ってきていたツェルトを張って寝たこともありました。このようなことが間々あるのです。ですから出来るなら時期を外すか(それができないからこのような目に会うのですが)、出来なければ少し前後にある小屋に入るかを考えるべきです。それほど差はないかもしれませんが、人気の小屋よりは多少ましだろうと想像できます。

 小屋の受付で手続きが終われば、まず自分の寝場所が当てがわれます。ほとんどの場合、一つの部屋がいっぱいになるまで次々と入れていきますので、見知らぬ人と隣り合わせになって寝ることになります。無人の場合は、先着順で場所を確保します。見知らぬ人でも一言挨拶を交せば、何となく気安くなれるのも山ならでは、です。疲れてすでに横になっている人がいるときは、大きな声でおしゃべりするのは禁物です。おしゃべりは外に出てするか、談話室で。汗をかいて着替えたいという時には、女性の場合、トイレでするか、ちょっと窮屈ですが布団をかぶってすることになります。
次にすることは、着ていたもの、濡れているものを乾かすことです。汗だけなら私は前にも書きましたが着干し、つまり自分の体温で乾かしてしまいます。しかし、それではという人、或いは雨でひどく濡れているものがある時には、乾燥室があれば乾燥室へ、なければたいていの小屋には釘などが打ってありますし、探せば紐を掛けられるようなところがありますので、それを利用して細引きを掛けてそれに干して乾かします。
 小屋に泊まって困ることはいくつかあります。その最大の一つは靴を間違われること。私の友人で尾瀬の長蔵小屋で間違われたことがありました。登山用品は最近でこそいろいろ種類が出ていますが、それでも同じようなものが多く出回っています。靴も然りです。よく似た靴を履いていたために間違われることは時々あることなのです。さあ靴を履こうとした時、靴が無い。こうなると一番最後の人が出かけるまで待たなければなりません。とりあえずその辺にいる人に「間違っていませんか。」と声はかけますが、いない場合、最後に残った靴が間違った人の物ですから。それが自分の足に合えばまだいいのですが、合わなければ悲惨です。と言って、間違って履いて出発してしまった人を、どの方向に行ったかもわからないのに追いかけるということなど出来るわけがありません。ですから、間違われないような対策が大切です。見えるところに名前をはっきり書いておく、寝る前に細い針金のついた荷札を靴につけておく、或いは洗濯バサミで二つを止めておく、など他の人とは違う状態にして置いておく工夫が必要です。私は出来るだけ目立たない所に置いたり、両方の靴ひもを一つに結んで置いたりするようにしています。尾瀬で間違われた友人は、従業員用の長靴を分けてもらって、それを履いて下山しました。
靴の管理をしっかりと…40

 次に困ることは、朝、出発時のトイレです。泊まる人が多い時には順番待ちになることがあります。待っているうちに出発時間が予定より遅くなったということもあります。この対策は時間差しかありません。朝起きてすぐ行くか、皆が食事をしているうちに行くか、出発を遅らせてゆっくり済ませるかなど、工夫が必要です。
 山小屋の朝食は、最近はかなり早くなって6時とかになってきました。しかし、その日のコースによってはもっと早く出発したい時もあります。そんな時には朝食の代わりに、夜のうちにお弁当を頼んでおきます。大抵の場合暗いうちに出発ということになりますから、ひと歩きし、少し明るくなって暖かくなってきたころに、適当な場所で朝食タイムとします。雨が降っているようなときには小屋で済ませてから出発ということもあります。
 寝る時には、枕元にヘッドランプ(トイレ用に:たいていの有人小屋は夜中じゅう小さい灯りがついていますが)とポリタン(水筒、ペットボトルなど…前の日に汗をかいているので夜中に咽喉が渇きます)を置いて寝ます。夜中に探さなくていいように、すぐ手が届く所に置きます。私はヘッドランプを点ける時には周りに大きく光が漏れないように、前を掌で隠して、隙間から洩れる光で自分の足元だけを照らすようにしています。時々辺り構わす平気でヘッドランプを付けてゴソゴソ探しものをしたり、トイレに行ったりする人がいますが、えらく迷惑なものです。
枕元に水筒とヘッドランプを、ヘッドランプ点灯は気配りを…41

 朝方迷惑なのは、早くからガサゴソと準備をする人です。そのような人が結構多いのも事実です。そして、耳障りなのはスーパーの袋の音。静かな時にはあのバリバリという音は本当にうるさいものです。早朝に出発するときには、私は、朝になってそれを触らなくてもいいように、寝る前に、考えられることはすべてしておきます。前の晩にすべて準備をし、ザックに肩を通せばすぐ部屋から出られる状態にして寝るのです。起きたらヘッドランプと水筒を手に持って、そっと部屋から出て廊下でそれらをザックに入れて、外に出るようにしています。
寝る前に出発準備を全てする…42

 特に稜線上にある小屋では、水は貴重です。どこの小屋も下の方にある沢などからポンプアップしています。雨水を利用している小屋もあります。宿泊者は決まった量はただでもらえますが、テント泊などの人は1リットル100円とか150円の有料となります。宿泊者でも朝に顔を洗うことができない小屋もありますし、もし出来たとしても無駄使いはいけません。こんな時、濡れティッシュを持っていれば何かと便利です。これはテント泊の時にも重宝します。日焼け止めなどもこれで拭って落としてしまえます。
 そうそう、もう一つ困ることがありました。鼾です。同宿人に鼾をかく人がいたらもう悲劇としか言いようがありません。無呼吸症候群の人と一緒になったら、息がとまるのではないかと他人事ながら心配になって、それこそ寝るどころではなくなってしまいます。不運とあきらめるしかないのですが、ティッシュを少し水でぬらして耳に詰めると多少は音が小さくなります。高妻山への途中にある一不動避難小屋で泊まった時のことです。同宿の他パーティーの一人が小屋の壁を揺るがすほどの大鼾をかく人だったのです。これには参りました。他人ですから叩き起こすこともできず、閉口の極みでした。この時に、どうにも困って考えた挙句、ティッシュを水でぬらして耳に入れてみたのです。するとかなり小さく聞こえるようになりましたが、この時はそんなことぐらいで眠れるようなものではありませんでした。先に寝着いてしまえばいいのでしょうが、困ったことに鼾をかく人ほど横になったらすぐに寝着いてしまうのですよね。もう10数年も前のことなのに、忘れられない出来事として私の記憶に強く残っています。
 無人小屋で気をつけなければならないことは、食事作りの時に使う火です。大抵の人はガスコンロを使いますが、火の用心には細心の注意を払ってください。灯り用にガス灯を持っていく人も時々いますが、然りです。また、出発時には「来た時よりも美しく」位の気持ちで、次に利用する人のために整理整頓をしたいものです。
 2年ほど前に飯豊連峰の切合小屋に泊まった時のことです。この時は紅葉真盛りだったので、小屋はほぼ満杯状態でした。少し遅れて入ってきた8人ほどの中高年のパーティーが宴会を始めたのです。時間はまだ夜7時を少し過ぎた頃でしたが、みんなもう夕食を済ませて、たいていの人は寝ていました。しかし、その人たちは飲みながら辺り構わず大声でしゃべりまくりです。もう少し声を落としてくれるように言いましたが、何の反応もなしです。学生のパーティーの一人が言いに行きましたが、「今何時だと思っているのか。」と逆切れ状態です。「今頃の若者は…。」などとおじさんおばさんたちは言うことがよくありますが、この時は全く逆でした。一昔前、オバタリアンという言葉が流行ったのを思い出しました。オジタリアンとでも言うべき人種なのでしょうか。メンバーにはおばさんもいたのですが、お互いに注意し合うこともなしでした。こんな迷惑な中高年パーティーもいるのです。恥ずかしい限りです。この時は朝起きると雪が積もっていて、標高の低い所から順に緑・紅葉・雪という、いわゆる三段紅葉が見られて大満足だったために、夜のいやなことは吹っ飛んでしまったのですが…。
余談になりますが、この時のこの学生のパーティーはよく訓練されていて、本当に感心しました。朝起きて耳を澄ませれば朝食の準備をしている様子なのですが、ほとんど物音が聞こえないのです。片付けも出発準備もその通りでした。どうすればこれほど静かに動作ができるのか、見てみたくなるほどでした。それはそれは見事なものでした。
 私達も、おしゃべりをしていて叱られたことがありました。北岳のテント場でのことです。夕方の6時頃でした。夕食の準備の前だったと思います。まだ明るかった上に着いてほっとしたこともあり、私達にとっては普通の声だったのですが、アーだコーだと、登山や社会のことについてしゃべっていました。そしたら突然隣のテントから「うるさい。」と大声で怒鳴られてしまったのです。きっと寝ていたのでしょう。明るいうちにしゃべっていて怒られたのは初めてでしたが、お互いに気をつけなければならないと反省させられる出来事でした。
小屋でもテントでも自分たちだけが泊まっているのではない…43

 ほかの企画でも書いたことがありますが、こんなことがありました。30年程前のことです。教職員登山祭展という取り組みをやっていて、そのリーダーとして剣岳から立山への縦走をしていた時のことです。剣岳へ登るのに剣沢小屋で泊まるために、私たちは剣御前小屋の前で休憩をし、その後剣沢を下っていました。そしたら突然、さっき休憩したばかりの小屋の辺りが騒然としだしたのです。振りかえると煙がモウモウと出ているではありませんか。そのうちに炎が上がりました。そして、数回にわたりボーンと大きな爆発音がしてその度に火柱が上がったのです。遠目ながらも私たちは山小屋の火災を目撃したのです。後にも先にも初めてのこととなりました。次の日に泊まるはずの小屋でした。パーティー全体の指示をするために私たちはそこに本部を置いていて、人員を配置していたのです。次の日そこを通りかかったら、まさに跡形もなくなっていました。全焼とはこのことでしょう。幸いそこでの宿泊者は全員無事でしたが、このようなこともあるのです。私たちの本部人員も物を運び出す手伝いをしたが、消化のための水もなく、後は燃えるのを見ているしかなかったと話していました。山小屋で泊まるときには避難路を確認しておくことも大切だと感じたことでした。山小屋の火災でいうと、西穂山荘も10数年前に焼失し、その後新築されました。山小屋の火災、有り得ることなのです。
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 <11>テント生活
 今回はテント生活についてです。テントは重いからと言わずに、一度テントを持って登山してみてください。知らない人に気を使っての山小屋生活よりも、仲間だけの空間は気楽で良いものですよ。第一お金が安い。
 テントを張る時、一番先に考えなければならないことは場所。普通山小屋の傍のテント場ということになります。早く着いて、ガラガラの時なら選び放題です。しかし、遅かったらそのスペースを探すのがなかなか大変です。出来るだけ水平に近い、石がゴロゴロしていないところを探さなければなりません。ここだと決まったら整地をします。如何に上手に整地ができるか、これにテント生活での快適さのすべてがかかっていると思ってください。それでもなかなかうまく出来ないことの方が多いのです。取り除きようのない岩が真中に少し頭を出していたりするものです。これがいざ寝る時になってそこに当たった人は、夜中じゅうゴソゴソする羽目になってしまいます。涸沢のテント場は石の上ですから、どうしても誰かが犠牲にならざるを得ませんが、どのような場所でも出来るだけ平らにするように心がけなければなりません。
 購入した時についているペグは、私達は持っていきません。ペグの代わりにその辺にある石を利用します。ですから、購入時に、ペグを打ち込むためのテントの四隅や本体横などある輪っかには、細いロープを必要な長さにして予め着けておきます。それを石に巻きつけてペグ代わりにするのです。時には近くの木の幹や根っこなども利用します。今までにペグなしで一度も不便を感じたことはありませんし、どこのテントサイトにも、必ず石はありました。また風で飛ばされたこともありません。最近一度だけ、種池山荘のテント場では石が無く、ペグが必要でした。ただ、小屋で、無料で貸し出しをしていました。
整地がテントの第1歩…44

 整地やテント張りは全員で一気にやる方が早くできます。テントを張りながら水汲みや炊事当番などの役割分担をしておくと、それからの仕事がスムースにいきます。テントを張ったらまずテントシートを全体に敷きます。そのあと一人が入り、メンバーのザックを次々に入れ、人数に合わせてザックを配置します。その配置に従って他のメンバーは入り、それぞれの場所に個人のマットを一人分のスペースくらいに折って敷き、そこに陣取ることになります。まさに陣取るのです。中に入ったらもうそこから動きません。それぞれが牢名主になるのです。
 最初にすることはこと、その日必要なコンロ、コッフェル、燃料、食糧、水ポリなど共同装備を出すことです。水は、出した水ポリに、分担された者がテントに入る前に汲んできます。私達はそれらの団体装備や水をテント内の入り口の両側の適当な場所に置いておくようにしています。
 すぐに必要な個人装備は手の届く範囲内に整頓して置き、ザックは、さしあたって必要でないもの(シュラフや衣類など)をそのまま入れて、それぞれの後ろに置いておきます。靴はテントの外に置いておくと夜露や雨で濡れますので、私達はポリ袋などに入れて中に入れます。場合によってはそのまま入り口内側に入れておくこともあります。大抵のテントは夏用と冬用の入り口が2か所ありますので、それぞれ自分から近い方に入れておきます。
 これで一ますは完了。早く着けばひと眠りもいいでしょう。みんなでワイワイ過ごすのも楽しいものです。この後は、時間がくれば夕食作りになります。初日は少々重いのを我慢して、水炊きやすき焼きなど、ちょっと贅沢なものを用意することもあります。でも大抵はジフィーズなどの乾燥ものが多くなります。これらを調理?する時に注意しなければならないことは、湯を沸かした時、鍋をひっくり返さないことです。疲れているとつい注意散漫になってやってしまいそうになります。狭いですからひっくり返したらただでは済みません。誰かが火傷をすることは必定です。それも大火傷を。ですから誰かが動く時には必ず声をかけて、他の者がコッフェルの持ち手を持って支持します。誰も動かない時でも誰かが持ち手を持っておくくらいの注意をしてもし過ぎということはありません。
 若かった時には、不公平のないように食事の量を同じにするために、メタクッカーという食器を持ったものです。大きさが同じなので、公平に分けることができました。今では残って最後は押し付け合いになったりしますが、当時はそれだけ食欲旺盛だったということです。メタクッカーはその名の通り、メタ(棒状の固形燃料)を使ってぬるま湯程度なら沸かせるようになっていました。何十年も使っていたので、最近持ち手が壊れてしまいました。買い替えに行ったのですが、もう販売していませんでした。チタン合金の他の物を今はそれ代わりに使っています。
コンロに火をつけたら注意細心に…45

 雨などで濡れたものを乾かさなければいけません。その時用に、テントの中央上部に紐を通しておくループが4か所ほどついています。購入時にこれに予め紐を通しておいて濡れたものを吊るせるようにしておきます。衣服などは無理ですが、手袋やバンダナなどは吊るして乾かせます。
 食事が終われば後は寝るだけです。個人用のマットをそれぞれ敷き、シュラフにシュラフカバーを着けて、刺し身(頭と足が交互)になって寝ます。夏なら高山でもシュラフカバーだけで十分寝ることは出来ます。寒いのは嫌だと思われる人は夏用の軽いのを手に入れてください。この場合も小屋のときと同様、ヘッドランプと水筒は枕元に置いておきます。また、ザックは枕として利用したりします。石が当たって痛い時などに背中の下に敷いて寝ることもあります。枕が低いと思われる時には、ナイロン袋に入っている予備の着替えやザイルなどをその代わりに使います。寝初めにきちっと体制を整えておくことが安眠につながります。
 しかし、なかなか寝付けなかったとしても焦ってはいけません。これは小屋泊まりでも同様ですが、眠らなくても体を横にしているだけで人間は十分休養がとれているのです。その時、頭は何も考えないことです。脳を休ませあげましょう。明日バテたらどうしようなどと考えてはいけません。何も考えないのです。無の境地になるのです。そうしたら体は十分休まっているのです。体さえ休ませておけば、寝不足でバテるということはありません。
横になるだけで疲れは取れる…46

 もう一つ、どこでも寝るために自己暗示は大切です。「私はどこでも眠ることができるし、眠れなくても体を横にしておけば大丈夫。」と自己暗示をかけてしまうのです。私自身は人から見れば相当無神経と思われがちなようですが、極端に神経質な性格です。自分自身が嫌になるくらい、細かなことが気になる性格なのです。そんな私でも山で眠れなかったことはありません。それは昔にかけた自己暗示魔術が今でも効いているからなのです。「登頂終わーって、シュラフの夢はよー、かわいあの子のよー、片えくぼよー」(正調「山男の歌」)と、青春時代の淡い夢でも見ながら眠りにつくのが一番です。
自己暗示「自分はどこでもどんな状態でも眠れる」…47

 さて、ゴソゴソしながらも朝になりました。まずシュラフ関係を片付けます。シュラフを丁寧に畳んだりしていませんよね。シュラフは尻から、袋の中にギュギュッと詰め込んでいくのです。畳めばそのためのスペースが必要になりますが、押し込んでいけばその場だけでできます。場所をとらす時間的にも早く出来ます。
 朝食は夕食と同じ要領です。もう昨夜で慣れていますので、初めての人でも時間はかからないでしょう。動く時には誰かがコッフェルを支持しておくということだけは守ってください。そうそう、言い忘れていました。食器はお家では洗いますが、山では洗い(え)ません。ですから、ロールペーパーで拭くのです。ロールペーパーと言えば聞こえは良いですが、トイレットペーパーです。使った後はこれで拭いておきます。山行中はすべてこれですませてしまうのです。お茶を飲む時など、時々白いものが浮遊している時もありますが気にしません。
 すべてが終了し、後はパッキングするだけ。雨が降っていなければ外でできますが、降っていれば中でしなければなりません。テント持ち分担以外の者は中でやって、雨具を着けて外に出ます。テントを持つ人は、テントが一番最後に入ることになりますので、パッキングは雨の中ということになります。ザックの下の方が開く方式のものならそこを開けて入れることができます。そうでないならその日一日の行動中には絶対に使わないもの(シュラフやシュラフカバー、衣類、炊事用具など)をナイロン袋に入れて濡れ対策をしてからザックの底に入れ、テントをその上に入れて、最後にその日の行動で使うものをやはりナイロン袋に入れてパッキングすることになります。テントを上の方に入れるのは、その日の終わりでも悪天時が続いていればテントを張るときにすぐに出せるようにするためです。これが基本です。しかし、私は装備を絶対に濡らしたくないし底だけ開くようにファスナーがついているザックなので、ボトボトに濡れたテントは底に入れることにしています。重いものは上へという基本はありますが、そこのところは臨機応変にやっています。それぞれ考え工夫してみてください。させる状態であれば傘を差したりしながらみんなでサポートしましょう。

 雪の上でのテント生活は夏とは少し違って来ます。まず、張り綱用の石などは雪の上にはありません。勿論ペグなども打てません。そこで、雪山には竹ペグを持っていきます。富山名物鱒の寿司に付いている竹だと思ってください。私達はその寿司を買った時にはそれも取っておきます。これに張り綱をまきつけて雪の中に埋め込み、ペグ代わりとするのです。捨ててもよいようなロープ(麻紐など)を予め竹ペグに括って持参すれば、たとえ埋めた所の雪が凍って掘り出せないときでも、紐を切ってしまうこともできますから、このようにしている人もいます。ベースキャンプとして何日も同じ所にテントを張るようなときなどはそうした方がいいと思います。
 整地に関しては雪ですからやり易いと思われますが、雪をきちんと整地するのは結構大変です。うまくいったと思って中に入っても、かなりガタガタしています。張るテントの広さの範囲を端からみんなで肩を組むようにして整然と靴で踏んでいって整地するのですが、気温が低いと雪が固まらないことがほとんどですからなかなか大変なのです。また、斜面の高い所から低い所へ雪を移動して出来るだけ水平にすることも大切です。
 雪上でテントを張る時、特に注意しなければならないのはポールです。これは絶対に雪の上に置いてはいけません。必ず空中で繋いで伸ばしてください。ポールに雪が着いたり、差し込み口に雪が入ったりして挿しこめなかったりしたとき、それを融かすなどということは、零下何度~何十度にもなる所ではそれだけで消耗してしまいます。ついつい雪の上に置きがちですが、必ず何かの上に置くことを心がけてください。些細なトラブルが大きなことになると覚えておいてください。
雪上ではポールを雪の上に置かない…48

 さて、テントを張り終えたら、靴についている雪を払って、靴のまま中に入ります。この時、靴やザックについている雪を払い落とすたわし(靴洗い用のもので、私達は雪たわしと言っています)で雪をできるだけ払って、靴を履いたまま中に入ります。そして、中のことが大まか出来てから靴を脱ぐことになります。大切なことはテント内に雪をできるだけ持ち込まないことです。雪山では濡れることは大敵ですから大切な技術です。
テント内にできるだけ雪を入れない、装備を濡らさない…49

 中に入って夏山同様落ち着いてから、最初にやらなければならないことは水の確保です。これは雪を融かす以外にありません。やはり役割分担をして、靴を脱ぐ前に近くの、出来るだけきれいな雪を雪袋(大きなしっかりしたナイロン袋)に取ってきて、テントのすぐ外の手の届くところに置いておきます。それをコンロで溶かすのです。融かす時には雪袋を一時テントの中に入れ、お玉や食器でコッフェルに少しずつ入れて溶かしていきます。融けて水になったものは順次ポリタンやテルモスに入れて凍らないように保存しておきます。その時、少し燃料はいりますがお湯にしておくとポリタンは湯たんぽ代わりにもなりますし、テルモスに入れるものは熱くしておくとすぐに沸きます。
 雪を溶かす時、水やお湯があれば最初にそれを少し入れておいて、その上に雪を入れて溶かすとより早く溶けます。また、最近はなぜかあまり気にかけなくなりましたが、春山のベースなどでは熱効率を考えて雪袋を黒にしたりしたものです。雪が解けるとき気化熱を奪ってコッフェルの外側に水滴が付きます。これが落ちてテントを濡らしたりしないようにこまめに回りを拭くように気をつけることも大切です。
雪山では水作りから始まる…50

 折角の水が夜中に凍らないようにするために、寝るときに人と人との間に入れておくことを忘れてはいけません。私達はシュラフとシュラフの間に置くようにしています。寒さによってはシュラフとシュラフカバーの間に入れることもあります。冬山でポリタンが凍ってしまったらもう終わりだと心得ておいてください。金属なら直接火にかけられますが、ポリタンはどうしようもありません。
水は絶対凍らさない…51

 後は夏と同じようなことですが、高山では冬には雨は降らないものということでフライシートは持っていきません。その代わり内張りか外張りを持っていきます。ですからその時の気象条件等によっては本体の通気性が悪くなることがあります。時々ベンチレータを開けるなどして酸欠にならないように気をつけなければなりません。内張りは現地で取り付けるのでは時間のロスですし、吹雪いている時などはそれだけで消耗してしまいます。私たちは予め取り付けて持っていきます。
 冬山では避難小屋などが使えない所ではテント泊しかありません。しかし、避難小屋が使えて、混んでいなくてスペースが十分あるときには、その中でテントを張ります。そうすればコンロを使えばすぐに暖かくなりますし、小屋の中というだけで安心感が違います。
 夏山でテント泊を計画していても、天気が極端に悪くて風が強い場合などは山小屋に避難するべきです。自炊できる小屋なら材料は持っているわけですから自炊すれば安くすみます。若い時ならいざ知らず、意地を張って何が何でもテントでなどと堅く考えるべきではありません。安全が第一なのです。
 もう30年近く前、剣岳長次郎雪渓の上部にある熊の岩にベースを張って岩登りをしていた時、台風のコースになる可能性が出てきたことがありました。明日は上陸するという中で、我々は籠城を決め込んで、周りに石を積んだり張り綱を補充したりして備えたことがありました。まともに来たらどれだけの風を受けるかは分かりませんでしたが、まあこれで大丈夫だろうと構えて待っていました。幸い少し反れて、風もそれほど強くはなかったので助かりましたが、若かったということでしょう。
安全第一で、悪天時には山小屋へ…52
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  <12>パーティー及びリーダーシップとメンバーシップ
 本当は最初の方で書かなければならなかった内容ですが、思いつくままに書いているので書きたいことが次々と出てきて、この項が今頃になってしまいました。今回は「リーダーとパーティー」について書くことにします。
 さて、私たちが山に登るとき、大抵の場合は何人かで登ります。中には単独行を好む人もいますが、私たちの会では極力単独行は控えるように勧めています。それは前にも書きましたが、単独行の場合、もし不時のことが起こった時にはリスクが極端に大きくなるからです。
 たとえ二人でも、複数になればパーティーと言います。なぜ私たちはパーティーを組むのでしょうか。その目的は、もちろん山行形態によって変わってきます。より困難な登山を目的とする場合は、その目的を完遂するために訓練された強靭な人員が必要となります。選ばれた者がチームを組み、目的に向かって突き進んでいきます。しかし、私たちの現在行っている山行では、登山界一般から言えば特に困難なと言う訳ではなく、むしろ「山を楽しむため」と言えるでしょう。行きたい山を出し合う中で、これなら私にも行ける、行きたいということで参加する場合がほとんとでしょう。それで何人かが集まってパーティーを組むことになるのです。今回はそのような、最近の極一般的な宿泊を伴う登山形態でのパーティーの中の役割について書いてみることにします。
 登山に参加する者が担わなければならない役割にはどんなものがあるのでしょうか。会員の皆さんには言わずもがなでしょうが、再度確かめる意味でここに書きあげてみます。チーフリーダー(CL)、サブリーダー(SL)、装備、気象、渉外、食料、記録、会計、(写真)となります。チーフリーダー、サブリーダーの役割については後に書くとして、装備以下の役割と内容については皆さん既によく分かっていることですが、やはり確認の意味で、原則的な内容について次に書いてみます。

装備…山行に必要不可欠な装備について、一覧表にするなどしてメンバーに提示し、団体装備についてはメンバーの重量が公平になるように一つ一つをきちっと計量してして誰が何を持つかまで計画し、山行中は確実に管理します。食料など日が重なるにつれて軽くなるものや濡れたりすると重くなるものがあるので、全メンバーの負担がその都度公平になるように分担したりするなど気を配ります。
気象…出発一週間前くらいから天候の変化を記録し、山行日がどのような気象状況になるのかを予め大まかにつかんでおくと同時に、山行中は天気図を描いたり、ラジオや携帯電話などで絶えず気象の変化をつかみ、リーダーやメンバーに的確に伝え、山行への判断材料を提供します。山行に対する最終判断はリーダーがすることになります。
渉外…乗り物や山小屋の手配、交渉等を一手に引き受けます。
食料…山行全体の食料計画を立て、材料の購入計画を立て、レシピなどを準備します。山行中は食糧管理を引き受けます。調理まで担当することもありますが、我々の会では調理は全員で分担してやることがほとんどです。また、ベースなど張る場合は食事当番を決めて、メンバーで順番に回していくこともあります。
記録…山行中のコースタイムやその時々の様子や出来事などを正確に記録します。山行終了後はコースタイムをまとめて報告します。山行報告は大抵の場合リーダーがすることになります。
会計…山行全体にかかる費用などを計算しメンバーに提示するとともに、前もって必要経費を集金・支払し、山行中のパーティー全体に対する会計を引き受けます。山行後に決算報告をします。
(*写真については、最近はデジカメでフィルムが必要でなくなり、非常に小さく軽くなったこともあり、我が会では特に担当としては決めていませんが、パーティに数台持って行っています。)

 原則的には以上のような内容となっていますが、これを全てこの通りに原則的にできているかと言うと、正直なところそうはなっていません。本来なら山行前に全員が必ず集まって打ち合わせをし、それぞれがそれぞれの役割をこなさなければなりませんが、慣れてくるとリーダーが作成した計画書に既に装備表や食料表が付いていて、メンバーはそれを確認するだけとなっている場合が、最近ではほとんどです。昔は喫茶店などに集まって全員で膝を突き合わせて打ち合わせをしたものですが、インターネットや携帯電話の発達もあって、計画書をメール配信して済ませ、必要なことは携帯で連絡し、全員が集まって打ち合わせをすることも少なくなっています。しかし、長期や冬季、山行形態によって、また、初心者や初めて参加する人などがいる場合などは、原則的な対応が必要であることに変わりありませんし、私たちはトレーニング時に少し時間を取って打ち合わせをしたりしています。
パーティー全体の役割分担を明確に…53

 次に、リーダーシップ、メンバーシップについて書きます。数人で山行する場合、どんな場合でも必ずリーダーは決めてください。よく「リーダーに適する人間とは」などと書かれているものを見ます。強靭な意志と体力・技術があって、人望の高い人などと書かれていますが、そのような人は一般の登山ではそうはいません。皆似たり寄ったりの者が集まっていることがほとんどです。それでもリーダーは絶対に必要です。登山をして大抵の場合、何も起こらずに無事に済んでいきます。そのような場合はリーダーの必要性はほとんど感じません。ところが何か不時のことが起こった時に、リーダーがはっきりしていないとそのパーティーはパーティーとしての機能を果たさなくなってしまうのです。パーティーが正に烏合の衆と化してしまうのです。この状態になったらまずタダでは済まないと心得るべきです。今までの遭難事故の事例でも、そのことは証明されています。 
 かなり前の話しになりますが京都の会計士のグループが10月に立山で積雪に合い、数名が死亡したことがありました。仲良しグループでの登山で、リーダーは決まっていなかったと記憶しています。2009年のトムラウシでの事故では、ツアー登山でしたが何人かいたガイドの責任の所在がはっきりしていなく、リーダー不在状態だったようです。
 たとえそれほど強くなくても技術がなくても、何かが起こった時にはリーダーが判断して行動を決定することが大事だと覚えてください。パーティーとしての判断をしなければならないような状態になった時に、メンバーは、リーダーに自分の考えや意見・気持ちをはっきり伝えることは大切です。また、リーダーはそれを謙虚に聞く態度ももちろん必要です。しかし、最終的な判断はリーダーがします。その時、その判断の根拠も正確に伝えなければなりません。あいまいな判断は禁物です。行くか戻るか、はたまた停滞か、決然と判断します。その基準は、全員の安全です。どの方法がより安全なのか、リスクが少ないのか、みんなで話し合って意見を出し合い、最後にリーダーが判断するということです。リーダーはメンバー全員の安全を預かっているのだとの自覚を持って臨む心構えだけは必要になります。それを持って山行のリーダーを何回かやっているうちに、だんだんリーダーらしくなっていくものです。我が会では日帰り山行でも必ずリーダーを決めて取り組んでいます。そして、できるだけ多くの人に、最初は日帰りから、一度はリーダーをやってもらうようにしています。
どんな山行にも必ずリーダーを、最終判断はリーダーが…54

 ではメンバーの責任(メンバーシップ)とは何でしょうか。自分の体調や気持ちを、偽りなく正確にリーダーに伝えることはとても大切です。もし遠慮して、体調が不十分であるにも関わらず、良い振りをして参加したとしましょう。途中でどんどんひどくなって、どうにもならなくなってから「いや、本当は出発時から良くなかったのです。」となった所が引き返せないようなところだったり、天候が急変して大変なことになったりしたら、それは自分だけではなく、パーティー全体の安全をも危うくしてしまうことにつながってしまうことになるのです。ですから、いらぬ遠慮はしないことです。出発前なら、場合によっては一人家に帰ることも可能です。しかし、一旦出発してしまえば、一人にして下山させないというのがパーティーの基本ですから、途中から全員下山と言う対応を取ることになってしまいます。全体が気まずい雰囲気になってしまうことにもなるのです。
 パーティーとしての判断をしなければならない状態に陥った時、みんなでそれぞれの考えや意見を出し合って話し合い、最終的にはリーダーが最終判断を下すと書きました。そして、その判断が下れば、たとえ不服があったとしても、メンバーは絶対服従しなければなりません。これがメンバーの責任なのです。そしてパーティが危機を脱出するために全員が力を合わることが必要不可欠なことなのです。たとえ一人ひとりがそれほど強くなくても、力が一つになったパーティーは強いものです。少々のことでどうにかなってしまうというようなことはありません。
体調・意見などはしっかり伝え、判断されたら絶対服従…55

 今年(10年)夏、白馬から西穂高まで9泊10日の大縦走を計画しました。4日目頃に沖縄の南に台風が発生しましたが、6日目までは影響はなく順調でした。しかし、7日目、烏帽子から三俣山荘までの計画の日に、ついにつかまってしまいました。相談の結果、台風の影響が一番強くなるのが正午頃と予想し、できるだけ早く出発して少しでも先へ延ばそうということになり早朝3時半に出発しました。しかし、6時ごろに野口五郎の小屋に着いた時には稜線は強風となり、その後の計画に大きな変更を余儀なくされることは分かっていましたが、ここまでと判断しました。
 台風一過、この後は好天と思いきや、双六山荘でまたまた天気が悪くなってしまいました。次の日は多少無理をしてでも北穂高山荘まで行き、折角の山行を完遂しようと計画していたのですが、結局ここから下山となってしまいました。この朝も3時半に出発する予定でしたが、ヘッドランプでは数m先ぐらいしか見えないガスと大雨。テント場からすぐそばの小屋までがなかなかたどり着かないのです。トイレに行こうものなら自分のテントに帰りつけるかどうかも不安になるほどの濃いガスでした。これではどうしようもありません。全員の気持ちを確認して、リーダー判断として「下山!」を決断しました。後一日あれば完遂できる山行でした。でも安全第一に考えての決断だったのです。
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