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《西国三十三ケ寺>》
第一番札所那智山・青岸渡寺、第二番札所紀三井山・金剛宝寺、第三番札所風猛山・粉河寺、第四番札所槇尾山・施福寺、第五番札所紫雲山・葛井寺他
山行日
参加者
2020年7月23日(木)~25日(土)
2名
コースタイム (23日)
京都~草津~<新名神><亀山><伊勢自動車道><紀勢道>R42~勝浦~那智散策~万清楼旅館泊

(24日)
宿~R42~串本海岸~道の駅すさみ~<紀勢道><阪和道>海南IC~紀三井寺・散策~R24~粉河寺~R24/R370~高野山・西門院泊
(25日)
宿~高野山・奥の院散策~R370・<阪和道>岸和田南~阪和道・近畿道~藤井寺~葛井寺散策~近畿道・第2名神~京都
1日目、西国巡礼も日帰りコースもほぼ順調に経過し、泊まり込みコース第1弾として、阪和方面を企画した。一番札所青岸渡寺に行くことにした。30数年ぶりの紀伊半島一周だ。観光地は、7月連休の観光客の受け入れを見越している。立ち寄った紀宝町ウミガメ公園でアカウミガメの見学があり、那智勝浦では土産物屋・お寺・神社関係では、警備員を増強して受け入れ態勢を整えているようだ。「GO TO キャンペーン」で地方の観光業者は、復活を願っているようだ。青岸渡寺・那智大社の参拝・観光客も多かった。この日は、勝浦温泉の万清楼で宿泊。目玉の忘帰洞温泉で旅行の疲れを癒す。地元漁港の刺身やエビ料理を堪能する。
 
    
   2日目宿を出発、R42の路線には串本の橋杭岩、すさみ海岸に立ち寄る。ジオ・パークが示すように地球のエネルギーを感じさせる光景を見せてくれる。南方熊楠が生まれる風土を感じる次第だ。紀州・和歌山は、何か自然のエネルギーを感じさせるところだ。道の駅で昼食休憩、立ち寄る車も名神などの大動脈のSAではなく、長閑な休憩場だ。夜、車中泊やテント泊が多いのか、禁止告知板がある。二番札所紀三井寺は、山上にあり急坂を上り到着。和歌山県の桜開花宣言の標本木がある。県の顔の寺だ。像高12mの大千手十一面観世音菩薩像は圧巻である。御堂から見える和歌の浦の風景は、豪商・紀伊国屋文左衛門がこの地を由縁として一時代を築いたのは、うなずけるものだ。R24で三番札所粉河寺に立ち寄る。小生は、この寺の知見は少なく、現地で初めて尽くしの寺だが、境内も広く中世社会の時代では紀三井寺・根来寺・高野山に匹敵するお寺の勢力であったらしい。映画「男はつらいよ、春の夢」のロケ地であり、観光土産の店でも記念ショットが展示されていた。粉河寺を離れ、その日の宿である高野山宿坊・西門院に向かう。運転中、高野山街道では大雨にあう。夕方、宿に到着。初めてのお寺の宿坊体験である。食事は、勿論、精進料理であるが、なかなかの料理である。翌朝、朝の勤行を体験する。
     
     
    
    
   3日目朝の勤行の後、朝食を所望する。これも精進料理である。食事後、宿を出て高野山・奥の院へ出発。駐車場到着後、奥の院まで歩いていく。企業の慰霊塔、東日本大震災の慰霊碑や歴史を感じさせる供養塔・慰霊碑がある。弘法大師のもとで安心なのかどうかわからないが、日本人的な考え方が感じられる。どこの世界も同じかもしれない。奥の院に参拝し、御朱印を頂く。高野山を離れ、4番札所施福寺へ向かう。和泉山脈を越えて大阪へ出るのである。和泉山脈の一角にある槇尾山にある施福寺。山門までのアクセスも山道を30分歩かなければならず、山門からもかなりの距離を歩いていくのである。本堂に到着後、お堂には「ようおこしやす」の挨拶を受け簡単なお寺の開設を受けて参拝し、御朱印を頂いた。しばらく、一服した後、下山する。下山後、昼食用に柿の葉寿司を購入、食す。和泉府中駅までスタンプを押しに街まで出る。駅で用事を済ませ、五番札所葛井寺へ向かう。途中大雨の中を疾走する。葛井寺は、市内中心のお寺で街もお寺とともに発展してきたみたいだ。山の中にあるお寺とは違う。地名の「藤井寺」と寺の名前の「葛井寺」も伺える。参拝後、御朱印を頂き、駅スタンプを頂き、今回の西国巡礼旅を終えた。京都まで約一時間で帰ることができる世の中に感嘆する始末だ。
 梅雨末期の大雨に出会う中で運よく、参拝中はそれほどの雨の中を行動することなく、車での移動中にひどい豪雨を体験する。山中での行動なら中止の判断だが、車中行動なので無事に挙行できた。留守本部をお願いした横田さんに感謝する。
     
     
     
     
     
  
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